上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓マクロファージを利用した不整脈の治療は期待できる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 突然死の原因になるような重症な不整脈を自分の細胞で治せるようになるかもしれません。

 今年3月、東京大学、千葉大学、日本医療研究開発機構の研究グループが、「心臓の中に存在している免疫細胞のひとつ=心臓マクロファージが不整脈を予防している仕組み」を発見しました。

 心臓が血液を全身に送り出すポンプの働きをするためには、心筋細胞が収縮しなければなりません。心筋細胞は一個一個が「ギャップジャンクション」と呼ばれる小さな穴を通じてつながっていて、心筋細胞のひとつが収縮したあと、すぐに隣の心筋細胞が収縮することで正常な心臓の動きがつくられています。研究グループは、そのギャップジャンクションが正常に形成されるには、心臓マクロファージが必要であることを見つけたのです。心臓マクロファージが分泌する「アンフィレグリン」というタンパク質が、心筋細胞の表面にある上皮成長因子受容体を介して心筋細胞に正常なギャップジャンクションを形成するようにシグナルを伝え、心筋細胞同士が同期して収縮する仕組みを強化し不整脈を起こさせないようにしていることがわかったといいます。

 今後、この研究が不整脈の予防や治療といった臨床に応用されるようになれば、致死性不整脈による突然死を大きく減らすことができる可能性があります。たとえば、不整脈の患者さんの心臓から、心臓が正常に動くために必要なアンフィレグリンを分泌するマクロファージを採取し、培養して数を増やしてから再び患者さんの心臓に戻す治療を行えば、不整脈を改善できるかもしれません。

 これまで不整脈の治療は、薬物療法で様子を見るか、心臓の正常に収縮しなくなっている部分を電気で焼くカテーテルアブレーションが一般的でした。ただ、カテーテルアブレーションのような電気生理学的な治療は、心機能が正常な人に対しては問題ないのですが、心機能が低下している場合はかえって病状を悪化させてしまうリスクがあります。また、心筋梗塞に伴った心室頻拍や心室細動などの不整脈がある人は、ずっと心臓への負荷が加わっているため、カテーテルアブレーションでは再発するリスクが高いといえます。

 そうした心機能が低下した患者さんに対しては、心臓マクロファージを利用した再生医療が効果的な可能性が十分にあるのです。

■「トランスレーショナルリサーチ」としても注目

 もちろん、まだまだ課題はあります。アンフィレグリンを分泌する心臓マクロファージを採取して培養する期間が必要なため即時性がないという点や、採取した心臓マクロファージの培養と管理ができるような特別な施設も必要です。

 また、心臓マクロファージのすべてがアンフィレグリンを分泌するわけではないので、培養してから治療に使えるような可能性がある心臓マクロファージをどれくらい採取できるのかについても研究しなければなりません。さらに、採取して培養した心臓マクロファージを体内に戻すには、点滴で投与するだけでいいのか、心臓に直接投与しなければ働かないのか。その際、戻した心臓マクロファージがどれくらいアンフィレグリンを分泌して不整脈を防ぐ働きをしてくれるのかも精査する必要があります。

 体に備わっている免疫機構によって、体内に戻された心臓マクロファージが「異常」と認識され、排除のために攻撃はされないまでも、血液の成分バランスを正常化するような形で心臓マクロファージを消滅させる方向に動く可能性もあります。その場合、効果は期待できず副作用だけが懸念される状況になってしまいます。

 ただ、こうした課題があるのはたしかですが、iPS細胞に頼らない再生医療として大いに期待しています。患者さん自身の心臓マクロファージを使う自己組織由来の再生医療というものは、ヒトの体が作る人類共通の細胞を個人個人の病気に合わせて使う治療です。自分の細胞ではないiPS細胞を使う再生医療は少し足踏みしている状況ですが、今回の研究はそうした治療のボトルネックが開くきっかけになるかもしれません。

 また、細胞という組織学の基礎研究と、不整脈という臨床をしっかり融合させることができれば、「トランスレーショナルリサーチ」の成功例となります。基礎研究で得られた成果を臨床に応用し、さらに臨床での結果を基礎研究にフィードバックして新しい医薬品や医療機器の開発につなげ医療の発展を目指すもので、「橋渡し研究」とも呼ばれています。

 そうした点から、今回の研究発表がどの段階でどのように臨床に応用されるのか、その報告に注目しています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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