最期は自宅で迎えたい 知っておきたいこと

「噛めない・のみ込めない」をサポートするのが言語聴覚士

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写真はイメージ(C)PIXTA

 言葉を介してのコミュニケーションには、言語、聴覚、発声・発音、認知などの機能が関係しています。しかし、脳卒中や咽頭がんなどの病気、交通事故、発達上の問題でこれらの機能が損なわれることがあります。それによって、うまく話せない、話が理解できない、文字が読めない、喉頭がんなどで声を出しにくくなったなどの問題の本質や発現メカニズムを明らかにし、その人らしい生活を送れるように訓練、指導、助言、援助などをするのが、言語聴覚士です。

 また、言語聴覚士は、摂食や嚥下の問題にも対応します。嚥下をスムーズにするために食べ物にとろみをつけることがよくありますが、病院ではどの患者さんにも一律の方法でとろみをつけるケースが一般的です。ですが実際は、患者さんそれぞれ食の好みが異なります。

 在宅医療では言語聴覚士が、患者さんが日頃から慣れ親しんでいる食材に合わせ、大きさや量をアドバイスし、おいしく楽しく食事ができるようにしたり、とろみを微調整したりします。

 寝たきりの患者さんでは、食欲が衰えてしまっている方も少なくありません。その場合、寝たままの状態でスプーンで食事を与えるだけでは、食べる意欲が湧いてこない。こんな時も、言語聴覚士の出番です。ベッドの角度やクッションの位置を工夫することで、視界が広がり、食べ物をしっかり目で見られるようになる。手が動かしやすくなり、自然と皿のおかずに手が伸びる。舌の位置も安定し、食事がしやすくなるわけです。

 食事ができるようになれば、体力も取り戻せ、寿命が延びることもあります。

 つまり言語聴覚士に必要なのは、知識や技術に加えて、繊細な心配り、観察力、記憶力、相手が表現したいことをくみ取る洞察力や共感力です。いわば食生活のアドバイザーである言語聴覚士は、その人らしい生活をサポートする在宅医療において、なくてはならない存在なのです。

 私たちが出会った患者さんで、90歳代前半の女性がいました。かつて入院中にゼリーを喉に詰まらせた経験がありましたが、元来食べることがとても好きな方だったので在宅医療に変えたことをきっかけに、口から物を食べるリハビリ(嚥下訓練)に挑戦したいとのことでした。病院に入院していては、「誤嚥性肺炎のリスクがあるから」と、患者さんの希望は受け入れてもらえないかもしれません。しかしそこは、患者さんの生きる喜びを重要視する在宅医療です。言語聴覚士が家族とともに嚥下訓練を開始しました。そして最終的には、念願のゼリーを口から食べられるようになったのです。

 患者さんは5カ月ほどで旅立ちましたが、家族の「おばあちゃんはゼリーを食べられた時、ものすごくうれしそうだった。もっと、もっとと言ってくれた。最後の方は1口、2口だけだったかもしれないけど、食べることで前向きな気持ちが生まれたのか、『今日はお化粧をしたい』と、お気に入りの口紅を塗ったり、おしろいをはたいたりして、おばあちゃんらしく日々過ごせたと思います」という言葉が忘れられません。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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