独白 愉快な“病人”たち

直腸がん克服 アクション俳優の松田優さん救った握力グリップ

松田優さん
松田優さん(C)日刊ゲンダイ
松田優さん(58歳/アクション俳優)=直腸がん

 30代前半から年に数回、便に血が絡まった感じの血便がありました。でも「トイレで気張り過ぎかな」ぐらいにしか思っていませんでした。

 36~37歳になって同年代の役者仲間に相談したら、「実は俺もそうで、診てもらったらポリープだったよ。一度検査したほうがいいぞ」と言われました。でも、お尻の検査がどうにも嫌だったので、ずっと放置していたのです。

 44歳に差し掛かった頃には血便に加えて残便感がありました。何度トイレに行っても出切らない感覚……今思えばそこに腫瘍があったからなのですが、まだ病気だとは認めず、妻にも隠していました。

■すべての症状が該当していても現実逃避

 そんなある日、今まで便に絡まる程度だった血が「ドバーッ」と出たんです。トイレが真っ赤になり、さすがにおかしいと思って、本屋で医療系の本を立ち読みしました。何度読み返しても、すべての症状が「直腸がん」に該当していました。「うわ~」と思い、ここで初めて妻に自分の状態を告白しました。でも、まだどこかで「違うんじゃないかな」と現実逃避していました。

 決定的だったのは、妻の付き添いで行った病院で、妻が先生に血便の話をして強引に触診をされたときです。「すぐ内視鏡検査だ!」となり、大きな病院を紹介され、検査した結果、肛門近くに数センチの腫瘍があり、がんだと告知されたのです。

 年配のベテラン医師は慣れた感じで「ああ、これはがんだわ。直腸にこんなのできちゃってるよ」と親指と人さし指で丸をつくって示し、「本当ですか? 大丈夫ですかね?」と驚く私に、「そんなもん、手術してみなきゃわからないよ。まあ、もしかすると危ないかもしれないよ」という調子でした。芝居で自分が演じた告知シーンとは随分違うなと思いましたね。

 妻に早速、電話をして一部始終を話すと、「そんな医者に命を預けられない」と大急ぎで評判のいい医師を探してくれて、セカンドオピニオンを受けました。

 がんの場所が肛門を締める括約筋のすぐ近くだったので、肛門を残すのは大変難しい手術でした。でも、腕がいいと評価されているその先生が括約筋を残してくれたのです。周辺やリンパ節などにがんが飛んでいなかったこともラッキーでした。でなければ、アクション俳優としては終わっていたかもしれません。

 手術は開腹手術で6~7時間かかりました。約1日集中治療室にいて、大部屋に移って3週間ほどで退院しましたが、退院した頃はまだ1分間も立っていられないくらい弱った状態。体重は11キロも減り、そこからのリハビリが大変でした。

 肛門近くを手術したので、術後しばらくはオムツが必須。さらに腹筋を切っているのでベッドの上で起き上がってもいられない。1日に20回ぐらいトイレに行きたくなって夜も眠れないし、シャワーもやっとの“おじいちゃん”状態でした。

■握力と同時に括約筋を鍛える方法を独自で開発

 動けないので「元に戻れるのか?」とか「再発したらどうしよう?」といった不安が大きくなるばかり……。そんな時、たまたま手の届くところにあった握力グリップを持って握ってみたんです。筋トレをしていると前向きな気持ちになることに気づいて、握力グリップにハマりました。

 握力を鍛えながら括約筋を鍛える方法を独自で編み出し、退院から2カ月で長く座れるようになり、散歩ができるようになって、握力グリップで胸筋や腹筋の強化にも成功しました。

 そして4カ月でアクション映画の撮影に復帰したのです。華麗な踵落としや後ろ回し蹴りなんかをしましたが、実はその時、まだ括約筋の動きが戻りきっていなかったので、生理用ナプキンを使っていたんですよ。

 仕事に復帰すると、現場の楽しさが一層身に染みました。主治医からも「リンパ節に転移がなかったことは本当に奇跡だよ」と言われ、生かされた命だと思い、役者として決意も新たに再スタートできました。

 長年の宿便がなくなったからか、肌艶が良くなったし、何より無駄な肉が付かない体になりました。病気以前より健康的ですし、若々しいと自分でも思います。

 以前の自分は健康なんて当たり前でした。でも今は健康になることはこんなに素晴らしいと思えるし、健康になるために頑張ることをすごく楽しんでいます。独自のグリップトレーニングによって強くしなやかな筋肉ができて、自分でも驚くほど疲れにくくなりました。

 でも、一番変わったのは気持ちが強くなったことです。以前は常に次の仕事のオファーが入っていないと不安で、進歩がない自分が不安で、もっと努力しなければ! ともがいていました。今は不安にさいなまれることはなく、何が起きても乗り越えてやろうと前進する力が湧いてくるんです。人はできない理由を探しがちですが、今の私はできる理由、やる理由を探すようになりました。大病をしたことで「新しい自分をもらった」と思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽松田優(まつだ・まさる)1963年、東京都生まれ。プロレスラーを目指していた25歳の時、映画のオーディションに合格して89年「春来る鬼」で主演デビュー。その後も映画、Vシネマなどで主役を重ねた。海外進出も果たしたが、2007年に直腸がんで入院。復活後は舞台にも進出し活動している。現在、「松田式・握力グリップトレーニング」が好評で、東京(南大塚)、横浜、御殿場で定期的にワークショップを開催している。

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