Dr.中川 がんサバイバーの知恵

養老孟司が心筋梗塞に 医者嫌いが頼りにする「身体の声」

養老孟司氏
養老孟司氏(C)日刊ゲンダイ

 体の調子が悪いと、病院にかかると思います。生活習慣病や関節痛などの持病で定期的に通院している人もいるかもしれません。その一方で、世の中には病院嫌いの人もいます。不調を抱えながら受診を拒む人もいるでしょう。

 実は私の東大医学部時代の恩師で、解剖学者の養老孟司先生(写真)も「病院嫌い」です。その養老先生がちょっとした不調をキッカケに東大病院を受診し、私が診察することになりました。26年ぶりのことです。診断の結果は心筋梗塞でした。

 診断までのいきさつや医療との関わり方などについてまとめたのが、養老先生との共著「養老先生、病院へ行く」(エクスナレッジ)です。漫画家ヤマザキマリさんとの鼎談も収録しています。

 その中身は共著に譲るとして、興味深いのは受診のキッカケです。養老先生は、「『身体の声』は病院に行くことを勧めているようでした」とつづっています。「身体の声」の正体となる症状は、1年で15キロの体重減少のほかは元気がない、やる気が出ないといった不定愁訴で、特に「受診日の直前3日間はやたらと眠くて、猫のようにほとんど寝てばかり」だったそうです。

 80代でヘビースモーカー、がん検診を受けたことがないことから、私がまず注目したのはがんでした。がんは、正常細胞に必要なエネルギーを横取りして増殖するため、進行すると痩せます。しかし、喫煙による軽い肺気腫を認めたものの、がんはなし。

 一方、心電図には、わずかに心筋梗塞を示す波形が見られたため、心臓の血管を養う冠動脈の血管造影検査を追加したところ、心筋梗塞と診断されたのです。

 一般に心筋梗塞は、強い胸の痛みがあります。それがなかったのは、糖尿病だったためです。その点は先生も自覚していましたが治療をしていなかったため、合併症のひとつである神経障害を起こし、痛みがマヒしていたと考えられます。

 読者の周りにも、養老先生のように医者嫌いで、「身体の声」に耳を傾けたときのみ病院にかかるという人がいるでしょう。でも、養老先生の26年ぶりの受診は、東大病院に限ったことで、近所のクリニックにはかかっていて、こうも語っています。

「(発症から)1週間たって症状が悪化していたら、医者にかかります」 一般の医者嫌いの方も、「発症から1週間」は受診の目安になるかもしれません。それともう一つ、がん検診と健康診断は毎年必ず受けておき、身体の状態に耳を傾けることを習慣づけておくといいでしょう。

 養老先生は検査による病気の発見で医療システムに組み込まれ、医師にあれこれ指示されることのわずらわしさから、医療との自分なりの距離感を保っています。しかし、一般の方は医学知識が不十分で、自分にとって必要な治療の理解度が養老先生ほど明確でないでしょうから、最低限、受診の目安と検診の必要性は押さえておくことをおすすめします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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