進化する糖尿病治療法

正常値で心臓病がない人も薬で血圧を下げると健康メリットあり

血圧が5㎜Hg低下すると心臓病リスクが10%低下
血圧が5㎜Hg低下すると心臓病リスクが10%低下

 心筋梗塞や脳卒中など心血管疾患を患ったことがある人や、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった心血管疾患の発症リスクが高い人は、「血圧管理」を厳格に行わなければなりません。では、血圧はどれくらいまで下げるべきか? これに関しては近年、さまざまな研究結果が発表されています。

 有名な研究に、米国で行われた大規模臨床試験SPRINT研究があります。それまでは、フラミンガム研究などの観察研究で、収縮期血圧(上の血圧)が120㎜Hg以上から心血管疾患が増えてくることが明らかにされていました。

 しかし、降圧薬治療で120㎜Hgまで下げることに関しては多くの議論があり、中でも高齢者に関しては血圧をあまり下げない方がいいという意見が少なくありませんでした。

 SPRINT研究(2015年発表)では、米国立心肺血液研究所(NHLBI)が、収縮期血圧を従来の140㎜Hg未満まで下げた群と、120㎜Hg未満まで下げた群に分け、心筋梗塞や脳卒中などのリスクを調べました。その結果、120㎜Hg未満まで下げた方が心血管疾患の発症リスクが低いということが分かったのです。

 着目すべき点は、「年齢にかかわらず120㎜Hg未満まで下げた方がリスクが低い」という点です。つまり、高齢者でも低い方がいいという結果だったのです。

 それによって、米国は18年、高血圧の基準値を130/80㎜Hg未満まで引き下げました。SPRINT研究では「120㎜Hg未満まで下げた方がよい」という結果だったのですが、それより高い「130㎜Hg未満」としたのは、SPRINT研究は、白衣の医師や看護師らを見て緊張から血圧が上がる「白衣高血圧」が起こらない状況での試験だったから。実際の診察の現場では白衣高血圧が起こる可能性を考慮して、130㎜Hg未満となりました。

■心筋梗塞、狭心症の初発・再発を防ぐ

 一方、日本でも19年に高血圧の治療ガイドラインが改定されました。米国と違い、基準値を一気に下げると混乱を招くとの理由から、高血圧の基準値はそのままで、目標値が引き下げられました。

 75歳未満は診察室血圧で130/80㎜Hg未満を、75歳以上で140/90㎜Hg未満を目指すとしたのです。この目標値は目安であり、個々の状態から医師が判断し、最終的に決定する形になります。

 一方、血圧が正常で、心筋梗塞や脳卒中を起こしたことがない人は、どうか? 英国のオックスフォード大学の研究者らが1972~2013年に発表された降圧薬治療に関する主要ランダム化試験のメタ解析を実施。発表したのは「正常血圧や正常高値血圧で、心血管疾患を起こしたことがない『降圧薬治療が考慮されない血圧レベルの患者』でも、降圧薬で血圧を下げるとMACEの初発・再発予防に効果的」という内容です。

 MACEとは、心血管死、非致死的心筋梗塞、不安定狭心症、心不全、脳卒中、その他の入院を要する心血管疾患のこと。解析によれば、正常血圧の人でも、収縮期血圧が5㎜Hg低下すると、MACEリスクが10%低下するとのこと。

 血圧をどこまで下げるかについては、はっきりと決着がついたわけではなく、今後も研究結果が発表されていくことでしょう。個人的には、現在心血管疾患がなくても、家族に心血管疾患の人がいる場合は、血圧をガイドラインのレベルにまでは下げておくべきと考えます。特に30~50代では、「血圧がやや高い」レベルでも油断は禁物。もちろんすぐに薬を使用とはなりませんが、日本人は塩分を比較的多く摂取するので、脳卒中が心血管疾患の中で割合が多いです。しっかりと塩分管理、体重管理をすべきです。

 血圧は高くても自覚症状がないため、1年前の健診で「やや高い」だったのが、実は「とても高い」と変化している可能性もあります。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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