あなたを狙う「有毒」動物

病気を媒介するマダニは体重の100倍の血を吸う吸血性のダニ

(C)H_Barth/iStock

 ダニは分類学上、クモやサソリに近い生物とされています。世界中に2万種以上がおり、とくにイエダニの仲間が、喘息やアトピー性皮膚炎のアレルゲンとなることが広く知られています。しかし、人に直接的な被害をもたらすのはマダニ、ツツガムシ、ヒゼンダニなどに限られています。ヒゼンダニは皮膚に寄生して疥癬の原因となり、ツツガムシはツツガムシ病の病原体を媒介します。 マダニもさまざまな病気を媒介します。日本国内に限れば「ライム病」、「野兎病」、「日本紅斑熱」、「ロシア春秋脳炎」(ダニ媒介性脳炎)、「重症熱性血小板減少症」の5つです。それらの病気は項を改めて紹介します。今回はマダニの吸血について、詳しく見ていきましょう。

■日本には約50種類のマダニが生息している

 マダニ類は他のダニと比べてかなり大型で(といっても体長1mmから10mm程度ですが)、外皮が硬く(指では潰せないほど)、しかもすべての種が生涯にわたって吸血性という特徴を持っています。吸血性のダニは、ほかにツツガムシくらいしかいません。つまりマダニとは吸血性のダニのことだと言って、ほぼ正解というわけです。日本には約50種類のマダニが生息しており、そのうちの約30種が人の皮膚に寄生して吸血することが知られています。

 マダニは雑草や低木の葉の裏などに付着して、寄生する相手が通過するのを辛抱強く待ち構えています。ノミなどと違ってジャンプ力がまったくないため、人や動物が葉に擦れるタイミングでしか乗り移ることができません。うまく宿主に取りつくと、吸血しやすい場所を探して、ゆっくりと移動を開始するのです。 場所を定めると、小さい顎で皮膚をかじって、少しずつ切り破ります。皮膚に穴が開くと、次に口下片と呼ばれる細長いストロー状の器官を真皮に達するまで深く差し込みます。口下片には「返し」が付いていて、簡単には抜けないようになっています。さらにセメント様物質と呼ばれる成分を唾液に混ぜて分泌します。その名のとおり固まるとセメントのように硬くなり、口下片を完全に固定するのです。これで寄生が完成し、いよいよ吸血の始まりです。

■マダニが「自然界の薬理学者」と呼ばれるワケ

 吸血は数日から1週間以上続きます。その間、宿主に気づかれないよう、唾液に混ぜて鎮痛物質や抗炎症物質を繰り出していきます。また宿主の血液が固まってしまっては吸血できなくなってしまうため、それを阻止する必要があります。そこで、抗血小板物質、抗血液凝固物質、抗血管収縮物質など数種類の成分を巧みに操りながら吸血を続けるのです。

 それだけなく、より効率よく食事ができるように、口下片の先端に小さな(しかしマダニにとっては十分大きな)血だまりを形成します。ただ、どうやって血だまりを作っているのか、詳細はいまだ解明されていません。

 一方、マダニの体内も消化器を中心に全身フル稼働の状態になります。マダニが吸い取る血の量は、体重の約100倍と言われています。それを猛烈なスピードで消化吸収しつつ、自分の体も作っていきます。吸血前には小さかったマダニが、吸血後には驚くほど大きくなっていたという話をよく聞きます。わずか数日の間に一気に成長してしまうのです。その不思議についても、まだよく分かっていません。

 とはいえ吸血と急激な成長に、少なくとも数十種類の物質や酵素を使い分けているのはほぼ確実で、そのため研究者の間では「自然界の薬理学者」と呼ばれているほどです。実際、新しい医薬品のヒントを求めて世界中の製薬メーカーが、マダニの研究を行っています。

■好んで下半身に寄生するカサゴキララマダニ

 マダニには、種類によって好みの寄生場所があることが分かっています。日本紅斑熱などを媒介するヤマトダニは顔に寄生することが多く、とくに眼瞼を好みます。ある日、顔や眼瞼に新しいほくろのようなものができたと思ったら、実はマダニだったということがあります。同じく日本紅斑熱を媒介するカサゴキララマダニは下半身、とくに陰部を好みます。男性の場合、亀頭に寄生された例が数件報告されています。

 とはいえ他のマダニも含めて、全身いたるところに寄生します。山林や緑豊かな公園などに行った後は、入浴のときに全身をよくチェックするべきです。犬や猫の毛にしがみついていたマダニが、家庭内で人に寄生することもありますから、ペットを室内で飼っている人も安心はできません。

 マダニかなと思ったら、素手で引きはがそうとせず、皮膚科に行って採ってもらうほうが安全です。口下片が皮下に残ってしまい、炎症などトラブルの元になるケースがあるからです。また感染症の心配もあるので、適切な抗生物質を処方してくれます。

 これからのシーズン、とくにアウトドア好きな人は、くれぐれも注意してください。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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