6月に入ると、全国でムカデの被害が増えてきます。農村地帯、山間部、海岸沿いなど全国に広く棲みついていますから、都会に住む人でもキャンプやアウトドアで咬まれることがよくあります。とくに地方病院の皮膚科では、定番の傷病のひとつになっています。
日本には100種類以上のムカデが棲息していますが、その中で健康被害をもたらすのは、主にトビズムカデ、アカズムカデ、アオズムカデの3種類です。体長10~15cmほど、頭の色がそれぞれ鳶(明るい茶色)、赤(暗赤色)、青(青ないし暗青色)なので、そのままの名前が付いています。
頭の下から、雌クワガタの大あごに似た三日月形の鋭い牙が前方に突き出しています。実はこれは牙ではなく、最前列の脚が変形したもので、正式には「顎肢(がくし)」と呼ばれています。これで相手に抱きつくようにして鋭い爪を突き刺し、先端から毒を注入するのです。顎肢は注射器のような中空構造で、毒腺から毒液を効率よく相手に注入できるようになっています。
■噛まれる場所は「手」と「足」で7割
ムカデは、昼間は石や枯葉の下、物陰などに隠れていて、夜になると活動を始めます。民家やテントなどに侵入する習性があり、寝ている人の首筋や顔を這いまわることがあります。それを無意識のうちに手で払いのけようとして、咬まれる人が多いのです。
被害者はあまりの痛みに飛び起き、夜間救急に駆け込むことになります。ある地方中核病院の報告によれば、患者の約6割が自宅内で受傷しており、半数以上が夜間救急を受診しているとか。海外でもまったく同様で、たとえばオーストラリアの統計では、患者の半数が自宅、また半数が夜に咬まれているそうです。 受傷部位は手が最も多く(4~5割)、次いで足(2割)となっています。手が多いのは、ムカデを払いのけようとして咬まれるからです。また、ムカデは靴の中に潜り込む癖があるため、朝になって履こうとした途端、咬まれるケースもあります。テントなどで宿泊する人は、靴の確認を怠らないよう注意が必要です。
■噛まれた場所をヤケドしない程度に温める
とはいえ咬まれても、命に関わることは滅多にありません。主な症状は激しい痛みです。痛みの感じ方には個人差があり、なんとかガマンできるという人もいれば、あまりの痛みに動くことすらできない人までさまざまです。痛み以外では、咬まれた場所が腫れることがあります。とはいえひどい腫れではありません。また頭痛や倦怠感が出る人もいます。
痛みに対する応急処置として「43℃以上に温めるとよい」と昔から言われてきました。実は海外でも同様で、患部を火傷しない程度に温めるとよいとされています。ムカデ毒には数種類の酵素が含まれているのですが、高温によってそれらが失活するからだと考えられています。逆に氷などで冷やすのも有効と言われています。低温にすると、やはり酵素の働きが鈍くなるからでしょう。
鎮痛剤や局部麻酔の効果は、温めたり冷やしたりするのと大差ないといいます。慌てて病院に行っても、お湯で温めて抗ヒスタミン薬やステロイド薬の軟膏を塗ってくれる程度です。家で応急処置をして翌日の日中に受診しても、あまり違いはありません。病院には行かず、そのまま家で手当して済ませてしまう人もかなりいるようです。何もしなくても、痛みは1~2時間で和らいできます。
■アナフィラキシーショックで亡くなる人がいる
ただし「アナフィラキシー」(全身性のアレルギー反応)を発症する人がいるので、それだけは注意が必要です。滅多にないことですが、ムカデ咬傷で亡くなる人もいます。国内でも、2019年に80代女性が1人、2017年に70代男性が1人亡くなっています。死亡統計の数字だけでは症状は読み取れませんが、おそらくアナフィラキシーショックによるものと思われます。
過去に何度も咬まれている人ほど、アナフィラキシーを発症する確率が上がります。しかしムカデは今回が初めてという人でも、必ずしも安心できません。ムカデ毒にはハチ毒と共通の成分が入っているため、過去にハチに刺された人の中には、ムカデが初回でもアナフィラキシーを起こすことが、ごく稀ではありますが報告されています。
ムカデ毒自体で亡くなった人は、世界的にもほとんどいないようです。数年前、ハワイで22歳の若者がムカデに咬まれ、半日後に心筋梗塞の症状が出たという事例がありました。おそらく毒の作用によると考えられています。幸い数日後には回復していますが、ハワイや東南アジアなどに生息する熱帯性のムカデは大型で(体長20~30cmにもなる)毒量が多く、咬まれると心臓発作などを起こすことがあると、以前から言われてきました。コロナが収まって海外旅行に行けるようになっても、ムカデがいそうな場所には近づかないほうがいいでしょう。
あなたを狙う「有毒」動物