あなたを狙う「有毒」動物

ヤマカガシには毒を注入する「毒牙」がなく毒の被害は珍しい

(C)leszekglasner/iStock

 ヤマカガシが専門家のあいだで毒ヘビと認識されるようになったのは1970年代に入ってからのことです。それまでは無毒ヘビと思われていました。

 北海道と沖縄・奄美を除く日本全国の農村や山林に広く生息しており、カエルやドジョウなどをエサにしています。おとなしいヘビで、手で掴んだりしない限り、咬かまれることはありません。また咬まれても大半が無毒咬傷であるため、毒ヘビと思われてこなかったのです。しかし彼らは2系統の毒を持っており、その点でマムシやハブよりユニークです。

■エサとなるヒキガエルの毒を再利用

 ひとつは「頸腺毒」と呼ばれるもので、頸の後ろの皮下に並んでいる頸腺という器官から、毒液を噴射することができます。かなり広範囲に飛び散るので、人が無造作に掴んだりすると、眼に入る危険があります。すると激しい痛みに襲われ、涙が止まらなくなり、視力が一時的に低下します。きれいな水でよく洗って炎症を抑える目薬をさせば、1日か2日で回復します。

 頸腺毒の存在は以前から知られていましたが、それだけで毒ヘビと呼ぶわけにはいきません。ちなみに毒の成分はブフォトキシンというステロイド系の物質です。もともとエサとなるヒキガエルが持っている毒で、そのまま再利用しているのです。そのためヒキガエルがいない地域のヤマカガシの頸腺分泌物には毒が入っておらず、危険はありません。

 もうひとつは「デュベルノイ腺」と呼ばれる上顎の器官から分泌される毒液です。なかなか強力な毒で、その作用が分かってきたため毒ヘビと認定されるに至ったのです。ただしヤマカガシには、毒を効率よく相手に注入するための毒牙がありません。その点が他の毒ヘビとの大きな違いです。

 毒ヘビは一般に「毒腺」(毒を作り出す)、「導管」(毒を牙に運ぶ)、「毒牙」の3つを備えており、とりわけ毒牙は毒液を獲物に効率よく注入するための構造をしています。たとえばマムシの牙は管牙といって、牙の中が管状になっており、注射器のように毒液を打ち込むことができます。またコブラなどは溝牙といい、牙に溝があって、そこを毒液が流れて相手に届くようになっています。毒の一部は外にこぼれてしまうため管牙よりも効率は悪いですが、毒量で補っています。

■咬まれても必ずしも毒に当たらない理由

 ところが、ヤマカガシにはそうした牙がありません。その代わり上顎の奥歯が鋭い剃刀状(長さ2~3ミリ)になっており、これで相手の皮膚に切り傷を付けることができます。また奥歯の前に導管の開口部があって、そこから毒液が滴り落ちるようになっています。運が良ければ(咬まれた側にとっては運が悪ければ)、毒液が傷口から相手の体内に浸み込むという仕掛けです。しかし、咬まれても大抵は前歯だけにとどまるので、ヤマカガシの有毒咬傷が成立するのは、かなり珍しいことなのです。

 毒の主な作用は血液凝固機能の破壊です。われわれ哺乳類の血液には、ケガなどの出血を止めるために2つの凝固システムが備わっています。ひとつは血小板で、血管が損傷を受けるとそこに集まって塊を作り、止血します。もうひとつは繊維素と呼ばれる仕組みで、血液中のフィブリンというタンパク質が繊維状に固まって、赤血球などを巻き込みながら血栓を形成して傷口を塞ぎます。マムシ毒は血小板を減少させる作用がありますが、ヤマカガシ毒はフィブリンを減らすことでより出血しやすくします。

■毒が回り出血が止まらなくなるのは10時間後

 ヤマカガシに咬まれて毒が入ったとしてもあまり腫れないうえに、痛みも強くありません。傷口の出血もすぐに止まります。さらに厄介なことに、咬まれてから毒が効き始めるまでに数時間~か10時間以上のタイムラグがあります。その頃にはすでに血液凝固システムが壊れつつありますから、傷口からまた出血が始まり、しかもいつまでも止まりません。歯ぐきからも出血し始め、皮下出血が起こって体のあちこちが紫色になってから、あわてて病院に行く人も少なくありません。

 それでも、大半の患者は対症療法で回復します。しかし重症患者の治療の切り札はやはり抗血清です。打ってから数時間で血液凝固機能が改善され、出血が止まるといいます。できるだけ早く打ったほうがいいのですが、受傷後50時間を経過した患者でも十分な効果があったという報告もあります。

■ヤマカガシの毒の抗血清は入手が難しい

 ただしヤマカガシ毒の抗血清は、入手がきわめて難しいのが現状です。医薬品としては未承認で(患者が同意すれば使ってよい)、しかも使用頻度が少なすぎ、作っても採算が合わないのです。唯一、日本蛇族学術研究所が国の研究費などを使って試験的に作っていたのですが、すでに在庫は底をついているいるようです。市中の病院に眠っているのが見つからない限り(ただし有効期限切れで効力が低下していると思われます)、手に入らないかもしれません。

 なお、ヤマカガシ咬傷で亡くなった人は、1970年代から現在までに3人ないし4人、重症患者は約40人とされています。死因は「DIC」(播種性血管内凝固症候群:血が止まらなくなる症状)からの急性腎不全や脳内出血などでした。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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