心臓にとって適度な運動が有益であることはよく知られています。
今年2月にも、デンマークの研究で「運動によって突然死のリスクを低くできる」と報告されています。1週間の総エネルギー消費量に基づいて、身体活動が中程度(1週間当たりの運動量<MET・時>が16・1~32)の人は、座りがちな人(同7未満)と比べて心筋梗塞後の突然死リスクが33%低く、身体活動が高度(同32超)の人は同じく45%も低下していました。
厚労省の「健康づくりのための身体基準」によると、60分の普通歩行、または30分の軽いジョギングが「3・0MET」とされています。これを1週間続けた場合は「21・0MET」になり、紹介した研究における中程度の身体活動の範囲に該当します。やはり、適度な運動は心臓病の予防効果があるのです。
心臓にトラブルを抱えている人はもちろん、発症前で生活習慣病がある段階の患者さんに対する予防においても適度な運動は大切ですが、長引くコロナ禍で外出が減り、運動量が激減している人も多いでしょう。そんな状況下でおすすめしたいのが「呼吸法」です。
10年ほど前、俳優の美木良介さんが考案した「ロングブレス」という呼吸法が大流行しました。「鼻から強く吸って、口で長く吐く」を繰り返す呼吸法です。筋肉を効率的に増やして脂肪を減らす効果があると話題になり、いまも人気です。
こうした呼吸法はたくさんあって、どれを実践すればいいのかわからないという人も多いでしょう。心臓の健康を維持するためには「腹式呼吸」が効果的です。
われわれが日常で行っている呼吸は「胸式呼吸」と呼ばれ、胸を動かします。一方、腹式呼吸は胸をあまり動かさず、胸腔と腹腔を区分している横隔膜を上下に動かして、お腹を大きく膨らませたりへこませる呼吸です。横隔膜を大きく動かすため一度に吸う量が多くなり、肺にどんどん血液が送られて血流が良くなります。肺の血流が促進されると、その分、心臓も活発に動くことになり鍛えられるのです。
腹式呼吸のやり方はいくつもありますが、ひとつ具体例を紹介します。まず、背筋を伸ばしてイスに座り、お腹に手を当てたまま鼻からゆっくり大きく息を吸い込んでお腹を膨らませます。次に口からゆっくり長く息を吐き出し、お腹をへこませます。吐くときは吸い込む際の倍くらいの時間をかけて行います。3秒かけて息を吸ったら、6秒かけて吐き出すイメージです。これを5回ほど繰り返すのを1セットにして、1日朝晩2回行うとよいでしょう。
■心拍数が低くなり血圧も安定する
腹式呼吸は、心臓に適度な負荷をコンスタントにかけられるので心臓突然死の予防効果があるとされています。また、日頃から呼吸法を行っていると呼吸が整うため、多くの場合で平均心拍数が低くなります。いくつもの研究報告で、心拍数が高い人は突然死しやすいことがわかっています。その点からも腹式呼吸は心臓の健康維持に有益といえます。
腹式呼吸によって内臓を包んでいる「インナーマッスル」が鍛えられることも心臓に良い影響を与えます。インナーマッスルは深層筋と呼ばれ、脊椎や骨盤を支え姿勢保持などに関わっている深いところにある筋肉です。姿勢や関節の安定性を高めるだけでなく、呼吸にも関係しています。
心臓は血液を全身に送り出すポンプの役割を担っています。インナーマッスルを含めた全身の筋肉は、心臓から送り出される血液を受け取る側で、それがしっかり活動していると血圧が安定するなど心臓の負担が減るのです。
さらに、腹式呼吸をお風呂などの湿度の高い場所で実践すると効果が高くなります。好みの香りのアロマテラピーなどと組み合わせると副交感神経が優位になる効果も期待できます。副交感神経が優位になると、心拍数が抑えられ、血管が拡張して血圧も低下するのです。
呼吸法で心臓の健康管理をする場合、日頃から心拍数=脈拍数を計測して把握しておくことをおすすめします。また、血中の酸素飽和度を計測するパルスオキシメーター(経皮的動脈血酸素飽和度測定器)があれば、腹式呼吸を何回行うと最大値に到達するかを確認しておくといいでしょう。
腹式呼吸をどのくらいのスピードで何回行えば心拍数と酸素飽和度が安定するのか。いろいろと試しながら実践すれば自分にとって最適な呼吸法が見つかります。心臓を守ることにつながりますし、身体に突然の負担がかかった際にも身を守る余力を与えてくれます。
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