Dr.中川 がんサバイバーの知恵

立川談笑は全摘も…超低&低リスク甲状腺がんは手術しない

立川談笑さん
立川談笑さん(C)共同通信社

 落語家にとって声は命です。甲状腺がんの摘出手術を受けた立川談笑さん(55)が高座に復帰されたのは何よりのニュースでしょう。

 肺の検診でたまたま甲状腺の腫瘍が見つかり、58ミリの大きさだったといいます。独演会後の取材に「声を失う覚悟もしていたので、本当にうれしい」と語ったことが報じられました。

 甲状腺は喉ぼとけの下にあり、ホルモンを分泌します。4~5センチほどの大きさながら、子供の頃は成長に関わり、成人してからは代謝を調節する重要な役割のホルモンです。

 そこにできるがんのうち9割は乳頭がんで、談笑さんもこのタイプ。ガイドラインでは、「超低リスク」「低リスク」「中リスク」「高リスク」に分かれます。談笑さんは「高リスク」で、①腫瘍径が4センチ超②腫瘍の浸潤が皮膜を覆う筋肉や脂肪を超える③3センチ超のリンパ節転移がある④遠隔転移がある、のいずれか1つ以上を満たすと診断されます。

 談笑さんは甲状腺の全摘とリンパ節を切除し、放射性ヨウ素内服療法を受けられたのでしょう。この全摘手術の合併症として、発声に関わる反回神経や上喉頭神経が損傷されやすく、嗄声(声のかすれ)が問題となることがあるのです。

 上喉頭神経が損傷されると、女性の声が男性のように低くなり、女性には大問題。反回神経は手術で温存してもまひが起こることがあります。多くは一時的で3カ月から半年ほどで回復することが多い。それでも永続的な嗄声も含めると、その頻度は1~13・3%ですから要注意といえます。

 発声は、一般の方にも生活する上でとても大切なものです。このようなリスクを負わないためには、早期発見が不可欠。甲状腺がある首の痛みや腫れ、声のかすれ、食事ののみ込みにくさなどがあれば、耳鼻咽喉科や内分泌内科をすぐに受診することが大切です。

 早期発見で「超低リスク」「低リスク」と診断されると、ガイドラインでは全摘を「しない」ことが推奨されています。この2つは進行が比較的緩やかで、全摘をせずとも、2つを合わせた10年生存率は97%。全摘は過剰診療になる恐れがあるのです。全摘をすると、ホルモンが分泌されず、一生ホルモン剤が手放せませんから。

 それでも、「3%は亡くなっている」と心配する人もいるでしょう。そのリスクをつぶすために経過観察を続けます。経過観察を続けながら寿命をまっとうされる方は珍しくありません。元気なときに腫瘍が増大してきたら、そのタイミングで適切な手術を検討するといいでしょう。

 談笑さんは「検診を受けてください」と語っていましたが、この甲状腺乳頭がんについては早期発見の場合、手術は過剰診療になるので、このことは頭に入れておくことをお勧めします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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