がんと向き合い生きていく

現場を見れば「困難な時代だからこそ五輪開催」とは言えなくなる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 志村けんさん、岡江久美子さん、岡本行夫さん、神田川俊郎さん、勝武士さん、国会議員の羽田雄一郎さん……。新型コロナウイルス感染症は、日本ではおよそ78万5000人が感染し、老人だけでなく、若い人、元気で死ぬはずのない人も含め1万4426人が亡くなっています。中には入院も出来ずに自宅で亡くなった人が500人以上もいます(6月20日現在)。

 内閣官房参与の某氏は、コロナ感染状況を「さざ波」「屁のようなもの」と言ったそうですが、お相撲さんも国会議員も「さざ波」や「屁」で亡くなったわけではありません。

 水泳の池江璃花子さんをはじめ、がんなど病気を克服してオリンピック・パラリンピックの代表になった選手がいます。白血病やがんの病床から復帰し、アスリートとして競うまで復活するには大変な努力が必要だったと思います。私はこれらの選手の活躍を期待し、オリンピック・パラリンピックを楽しみにしていました。

 しかし今、このコロナ禍の病床が逼迫している中での開催は、感染者を増やす危険が大きくとても心配です。外国からは選手らが約6万人、有明地区では、観客は半径1・5キロ範囲内に1日6万8000人、都内では22万5000人の観客が予想されています。さらに10都道県で19日間にわたって開催されるのです。

 新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、国会で「今の状況でやるのは普通はない」「開催すれば国内の感染、医療の状況に必ず影響を起こす」と話しました。ところが、橋本聖子組織委会長は「このような困難な時代だからこそ、私たちはオリンピック・パラリンピックを開催し、コロナによって分断された世界で人々のつながりや絆の再生に貢献し、スポーツの力で再び世界をひとつにすることが、今の社会に必要なオリンピック・パラリンピックの価値であると確信しております」と語っています。

 困難な時代だからこそ開催する価値があると言われますが、コロナ禍の中で、命を懸けてこの祭典を行って、どこに価値があるというのでしょう?

 会長は、コロナ感染症の医療現場をご存じなのでしょうか。コロナ専用病棟の現状を、防護服を着て中に入って、患者はどんな思いで入院し、医療者はどんな思いでどんな仕事をしているのかを実際に見ていただきたいと思います。

 防護服を着た医師は外科も内科も整形外科もありません。もう1年以上、手術も出来ません。大学も医師の派遣を断ってきます。

 若手医師をこのまま長くとどめていては研修にもなりません。夜中に動けなくなった、瀕死のコロナ患者が運ばれてきます。防護服を着た看護師も、コロナでなければ患者にいろいろとやれるはずの看護が出来ず、亡くなっていく現状に苦悩しています。

 もしこうした医療現場を見たら、会長は「このような困難な時代だからこそ開催」とは言えなくなると思います。

 招待した外国の選手がPCR陽性であれば国外退去と言いますが、もしも発病して、亡くなったらどうするのでしょう?尾身会長が「今の状況でやるのは普通はない」と言われたのは当然のことなのです。

 コロナ禍のため昨年は開催を1年待つことになりました。

 その1年間、国は何かオリンピックの準備をしていたのでしょうか? 感染対策を考えていたのでしょうか?

 1年延期をして、知らされたのはGoToトラベル、GoToイートでした。結果的には感染者、犠牲者が急増しました。この1年、多くの人がずっとガマンしたのは、なんだったのでしょう?

 ワクチンの効果は、7月のオリンピック開催には間に合いません。人命が一番大切です。人が動くとウイルスも一緒に移動します。世界中からたくさんの人が集まった結果、さらに感染力の強い東京型の変異ウイルスが発生し、犠牲者がさらに増えることがとても心配です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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