男性不妊症の患者さんの中には、元気はあるのに射精がうまくいかずに悩んでいる方が少なくありません。これを「射精障害」と言います。
射精は思春期を過ぎた男性なら当たり前のようにできていると思います。男性不妊症の原因となる射精障害はいくつか種類がありますが、今回は相談が多い「膣内射精障害」に絞って説明します。
膣内射精障害とは、「マスターベーションでは勃起も射精も問題ないのに膣内では射精できない」ことを指します。相談は、勃起して挿入ができても途中で萎えてしまって射精まで至らないケースが多い。38歳のBさんもそうでした。
「今日はどうされましたか?」
「実は妻との性交渉がうまくいかなくて相談にきました」
お話しを聞く限り、恋愛結婚ではなくお見合いに近い形で結婚されたようで、奥さんとは結婚前に性交渉はなかったようです。
「つまり、膣内には挿入できるけど、絶頂まで至らずに射精できないのですか?」
「そうです。勃起はして挿入するのですが、途中で萎えてしまって……膣内で射精ができません」
「マスターベーションはどうですか?勃起と射精はできますか?」
「まったく問題ありません」
こうしたやり取りは射精障害の患者さんとの診察では多く見られるものです。
「それでは、Aさんのマスターベーションのやり方を教えてください」
「ベッドとか布団に陰茎をこすりつける感じです。射精のイク瞬間に足を伸ばすクセがあります」
■普段の「不適切なやり方」が障害の原因
膣内射精障害に関しては、マスターベーションのやり方が大きく関係してきます。マスターベーションは個人の好きなやり方でできれば、本来は他人が口を出す必要はありません。そのため、私は患者さんに対しては誤ったやり方という表現ではなく、「不適切なやり方」という風に表します。正しいマスターベーションは陰茎を手で優しく包みこみ、上下にスラスト運動をするのがいいとされています。
膣内射精障害の治療は皆さんが想像するよりも難しいものです。患者さんが長年強い刺激で射精することに慣れてしまっているからです。そのため早期に妊娠を希望する場合は、人工授精などの不妊治療も検討するようにお話しします。
治療は丹念なカウンセリングと行動療法です。また、勃起の維持を目的としてED治療薬を併用することもあります。
カウンセリングについてですが、まず認識してもらうのは「マスターベーションのやり方と性交渉はまったく別次元である」ということです。マスターベーションは用手的に陰茎を動かし射精まで至りますが、性交渉の場合は腰を動かして自分で膣内での気持ちのいいポイントを探して射精まで至るのです。最初にこの違いをお話しすると、患者さんは目から鱗が落ちたような反応を示します。
■カウンセリングでは腰の使い方を徹底指導
多くの男性は、マスターベーションと性交渉を意識せずに区別して射精まで至るのですが、膣内射精障害の患者さんの場合は、腰の使い方が“下手くそ”なのです。そのため、カウンセリングでは腰の使い方を徹底的に指導します。マスターベーションと性交渉の体位の違いについても説明し、初めはマスターベーションに近い体位で挿入をしてもらい、気持ちのいいポイントを探ることを指導しています。
さきほどのAさんは、何度も診察を重ねてカウンセリングと行動療法を継続しました。当初より「足を伸ばさないと射精まで至らない」とのことでした。そこで、奥さんに寝そべってもらい、その上にAさんが被さる格好で、足を伸ばした後背位で挿入をして、自慰に近い体位で挿入するのが気持ちがいいと分かりました。
また、腰の使い方の練習では腰を意識して気持ちのいいポイントを探るように指導を重ねていきました。さらにマスターベーション用の補助器具として「マスターベーションエイド」の使用も勧めました。
初診から数カ月、あともう少しで膣内射精ができそうな一歩手前まで到達しました。
「Aさん、がんばりましたね」
「はい。なんとかうまくいきそうな感じがします」
性行為は、誰もが普通にできると思っているかもしれませんが、膣内でうまく射精ができないと悩む方は大勢いるのです。また、膣内射精障害は治らない方がたくさんいる印象がありますが、私はカウンセリングと行動療法で改善するケースも経験しています。
治療には女性の協力が必要なのは言うまでもありません。恥ずかしがらずにできれば夫婦揃って男性不妊治療専門医を受診してみてください。
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