新型コロナの流行に伴って、インフルエンザが急減したのはよく知られている事実である。昨年秋には「コロナとインフルのダブルパンチ」が強く危惧され、高齢者を中心にインフルエンザワクチンの接種が活況を呈した。幸いにしてインフルエンザの流行はなかったが、これは国立感染症研究所がインフルエンザの流行把握を開始して以来、初めての出来事だった。
通常ならインフルエンザの患者は9月中旬から増え始め、12月に入ると急増し、1月中旬前後にピークに達する。その後は減少に転じ、3月中旬までにはほぼ収束するが、4月末ないし5月上旬まではある程度の患者が出続ける。ところが2020年は3月中旬以降、患者がほとんど見られなくなり、秋になっても増えることなく、冬を越して現在に至っている。
患者が少なかったため、インフルエンザで亡くなる人も激減した。昨年1月から11月までの統計では、死亡は946人だった。しかも約900人は3月までの死亡で、新型コロナの流行が本格化した4月以降はほんの40~50人しか亡くなっていないのである。
インフルエンザが減った最大の理由は、われわれの感染症対策にあると言われている。全員がマスクを着用し、日に何度も手指を消毒し、密を避けるなどした結果、感染リスクが劇的に下がった。日本だけでなく、世界的にもインフルエンザが激減したことから、この解釈は正しいに違いない。
ただし、1点だけ分からないことがある。それは2020年1月から3月までのインフルエンザの動きだ。実はその前年、2019年9月から年末までは、例年と同じパターンを描いて感染者が急増していた。ところが年が明けた途端、勢いを失って、以後は減る一方だったのである。
2020年1月の段階では、新型コロナという言葉すら、世界的にも日本国内でもほとんど注目されていなかった。中国の武漢でちょっとした騒ぎになっていることが報道され始めたが、ほとんどの日本人は心配していなかった。武漢から邦人を乗せたチャーター機の第1便が帰国したのは1月29日だったが、そのことを憶えている人はほとんどいないに違いない。
人々の関心が集まり始めたのは、2月3日に横浜港に入港したダイヤモンド・プリンセス号である。乗員・乗客から感染者が次々に見つかった。しかし多くの市民にとっては他人ごとで、豪華客船でクルーズを楽しんだ富裕層に、ちょっとした天罰が下った程度に思った人も大勢いただろう。それでもイタリアなどから徐々に深刻なニュースが聞こえるようになり、国内でもちらほらと死者が出始めるようになって、少しづつ新型コロナに対する関心が向けられるようになった。
2020年2月27日、当時の安倍首相が唐突に「3月2日から全国の小中高と特別支援学校を臨時休校する」と宣言して、ようやく多くの国民がただならぬ事態であることを意識するようになった。
その後の展開は速かった。2020年3月13日には、新型コロナ対策特別措置法が成立した。小中高だけでなく多くの大学でも卒業式が取り止めになった。そして4月7日に東京、神奈川、大阪など7都府県に緊急事態宣言が出され、16日には全国が対象となった。
だが国民にしてみれば、感染症対策を始めようにもやりようがなかった。マスクも消毒用アルコールも手に入らないのだ。それに新型コロナといっても、所詮は「ただの風邪」と言う人も多くいて、個人レベルの感染症対策はなかなか進まなかったのである。
そんな状況下で、インフルエンザだけが、なぜか急に減った。まるで新型コロナの流行を先読みしていたかのように、2020年の年明けから減り続け、3月13日の時点では事実上「感染者ゼロ」にまで下がっていたのである。
なぜそうなったのか、理由は分からない。いずれ解明される日が来るかもしれないが、ともかくも「コロナ対策以前からインフルが減り始めていた」という事実は、忘れるべきではないだろう。
またインフルエンザにマスクや手洗い・消毒がきわめて有効であることは分かったが、コロナワクチンの接種が進み、一般市民の気が緩んだ途端、今度はインフルエンザが暴れだすかもしれない。なにしろ丸2年近くもインフルエンザに罹らずに過ごしてきたのだから、インフルエンザに対する抵抗力が落ちていたとしても不思議ではない。
彼らは満を持して、チャンスが来るのを待ち構えているのかもしれないのだ。
新型コロナ禍で何が起きているのか