新型コロナ禍で何が起きているのか

「医療ひっ迫」と大騒ぎしながら国民医療費は4.0%減少

医療費の月ごとの変動(対前年比)
医療費の月ごとの変動(対前年比)

 厚生労働省は毎月の国民医療費(日本全体で使われた医療費)の統計を取っており、約半年遅れでネットで公開している(「医療費の動向」調査)。それを見ると、コロナ禍において日本の医療がどうであったか、マクロな視点である程度見えてくる。

 国民医療費は年度ごとに集計される。公表されている最新データは2021年1月までの数字で、2月分、3月分はまだ未公開だ。2020年4月から21年1月までの総額は34・9兆円だった。昨年同期と比べて4・0%減少した。この金額には、保険診療分だけでなく公費(税金)分も含まれている。新型コロナは第2種感染症に指定されているため、入院医療費は全額公費で賄われる。これだけの騒ぎになったのだから、さぞかし医療費が増えた思いきや、実は減っていた。

 少し考えれば、新型コロナにかかる医療費は、さほど巨額でなかったであろうことが理解できる。手間がかかる重症患者は、ピーク時でも全国で1日当たり1600人以下だった。中等症や軽症は有効な治療法がないので、ベッドに寝かせておくだけだ。つまり患者の大半は、入院費以外で医療費を使う場面が少ないのである。

 少し細部を見ていこう。月ごとの対前年比の増減率は表のようになっている。東京などに1回目の緊急事態宣言が出たのは2020年4月7日、全国に拡大されたのが同16日だった。また8都道府県以外で解除されたのが5月14日、完全解除されたのが5月25日であった。さすがにこの期間は、病院で感染するのを恐れて受診を控える患者が大勢いたし、患者が激減してガラガラ状態の病院や診療所の映像が、テレビなどで繰り返し流された。そのため、これが本当の「医療崩壊(医療機関の大量倒産)」の始まりかと心配する声があったほどである。

■2020年の4、5月は減少

 ところが医療費で見ると、そこまで閑古鳥が鳴いていなかったことが分かる。4月で対前年比8・8%減、5月で11・9%減だから、それなりに減ったことは事実だが、映像ほどには減ってなかったこともたしかである。もちろん地域や科目によっては、本当に患者が減ってしまったところもあったに違いない。しかし多くの医療機関は、そこまで影響を受けていなかった。

 宣言解除後の6月の医療費は、ほぼ前年度と同水準に戻っている。7月から8月にかけては第2波があった影響で少し下がった。しかし国民もだいぶ慣れてきたし、緊急事態宣言が出なかったこともあって、第1波ほどの下げは見られなかった。9月になると再び前年度の水準に戻し、10月には対前年比プラスに転じている。

 第3波は11月から今年2月まで。感染者が増え始めた11月の医療費は、受診控えが広がったためか、3・8%減った。ちょうど「インフルエンザとのダブルパンチ」が懸念されていただけに、高齢者を中心に警戒感が広がった時期である。しかし12月に入ると、感染者がさらに増え続けていたにも関わらず、昨年とほぼ同水準にまで回復している。結局、インフルエンザの流行が起こらなかったこともあって、国民の間に安心感が広がったためかもしれない。年が明けて1月8日に2回目の緊急事態宣言が発出されると、また医療費はやや減少した。だが1回目とは比べようもないほどインパクトは小さかった。

 以上の流れを見ると、第1波(昨年4~5月期)こそ医療費(=医療全体)は比較的大きな影響を受けたが、それ以後は国民も医療機関もしっかりと感染対策をしつつ、通常の診療を継続していた事実が透けて見える。もちろんコロナ患者受入病院では、連日厳しい戦いが続けられていたわけだが、そうでない普通の医療機関では、いつも通りの普通の医療が行われてきたし、大半の患者が普通に入院や通院を続けていた、ということである。

 コロナ禍でも、日本の医療は意外と頑強で、国民のニーズによく答えてきたと言っていい。われわれはこのありがたい状況に深く感謝しないわけにはいかないだろう。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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