前回、千葉市立青葉病院で起こった医療事故について取り上げました。2019年11月に左腕の肘関節手術を行った際、執刀した当時6年目の担当医が尺骨神経をメスで剥離する過程で、誤って神経を切断してしまい、患者に後遺症が残ってしまったというものです。その手術の際、立ち会っていたベテラン指導医が担当医のミスを見逃してしまったこともわかっています。
どのような過程で見逃しがあったのかはわかりませんが、同じように若手医師の指導をしている立場から考えると、やはり指導医も医療安全に関する認識に甘かった点があるのではないかと思われます。医療の質と患者安全を審査する国際的な病院機能評価機構であるJCIが基準として定める「SQE」(職員の資格と教育)に対応するような指導が行われていなかったのかもしれません。
そこで、われわれが実際にどのような手術指導を行っているのかについてお話しします。
まず、若手医師に手術を任せる前の段階で、初歩的な手技がどの程度のレベルで習得できているのかを把握しておく必要があります。電気メスをしっかり扱えるのか、糸を迅速かつ正確に結べるのか、ハサミ、鉗子、ピンセットなどの手術道具をスムーズに使えるか……そうした基本的な手技をすべてチェックするのです。さらに最も大切なことは手術における局所解剖について少なくとも表裏から認識しているかどうかの知識を点検しておかなければなりません。模型やVRなどの手技練習用シミュレーターでの確認はもちろん、実際の手術の中でもしっかりチェックします。私が執刀する手術にスタッフとして参加させ、心臓手術で必要になる手技をシチュエーションごとに実践させるのです。たとえば、心臓手術では血管縫合が欠かせませんが、まずは皮膚の縫合をやってもらいます。その際、血管縫合で使うような小さな針と細い糸で縫合させ、問題なくできていれば血管でもいけるだろうと判断できます。
私が執刀する冠動脈バイパス手術で、若手にはバイパスとして使用する足の血管を採取させるケースもあります。採取するには、血管を触ったり、細かく枝分かれした部分を縛ったりする手順が必要です。また、切開した部分をきれいにしっかり閉じなければなりません。そうした一つ一つの手技が基準に達しているかをチェックするのです。
手術の進行に対し、若手がどの程度まで合わせて進められるかどうかも確認します。こちらがこの段階まで進めているのに、若手の方の処置は終わっていない。これでは手術を任せる水準まで達していない……といった評価ができるのです。
■執刀を任せた手術中にも点検
全体的な手技に問題がない若手には、実際に執刀させてみます。もちろん、難易度が比較的低い手術で、万が一のときにはリカバリーできる指導医が立ち会って実施します。指導医は若手の前や横に立って手順を確認し、場合によっては若手の手術を中止して、指導医が執刀を引き継ぐケースもあります。決して切ってはいけない部分、たとえば大切な神経や血管などに目が届いていなかったり、そのようなところで無駄な出血を来す場合などは事故防止のためにそうする必要があります。若手のやり方や進め方に問題があったとき、その都度、指導して修正させる時間はありません。そのため、指導医が執刀を代わるのです。
たとえば、心臓弁膜症の手術で患者さん自身の弁を修理する弁形成を行う際は、処置する弁がしっかり見えるように心臓を切開しなければなりません。それを若手にやらせてみて、適切な場所を切開しているかどうかをチェックします。ずれた場所を切開していると、その後に処置する弁形成がやりづらくなってしまいます。実際の手術の中で若手に最適な手順を把握させるのです。もちろん、指導医はリカバリーの準備を万全にしていますし、若手が処置にてこずりそうな場合には執刀を代わります。
こうした実践指導を繰り返し、こちらが黙って見ていられる状況が8~9割くらいになれば、指導医を外して執刀を任せても問題ないと判断します。この時点で“ひとり立ち”の第一歩といえるでしょう。
次回、若手の指導について、さらに詳しくお話しします。
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