がんと向き合い生きていく

抗がん剤の点滴治療を受けた日に熱中症に見舞われて…

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 朝から日差しが強い暑い日のことです。再発した卵巣がんで治療中のCさん(50歳・女性)は、日傘を持って、帽子をかぶり、マスクをして、朝7時に病院へ向けて自宅を出ました。朝、歯を磨いた時に少し水を飲んだだけで、病院で採血することを考えて食事はとりませんでした。

 最寄りのA駅まで20分ほど歩き、電車に乗り、9時前に病院に着いて採血を待つ患者の列に並びました。

 採血が終わって約1時間後、担当医から結果を聞いて、予定通りその日に抗がん剤治療ができるかどうか指示が出ます。点滴治療で抗がん剤のほかに吐き気止めの投与もあり、1時間くらいかかります。

 問題なく抗がん剤の点滴が終わり、午後3時ごろにA駅まで戻ってきました。駅前にタクシーは見当たらず、強い日差しが降り注ぐ暑い中、Cさんは日傘をさして自宅まで歩くことにしました。

 ふと考えてみると、朝、自宅を出てからは水も飲まず、何も食べていません。しかし、抗がん剤治療後の嘔気が気になって、飲食は自宅に帰ってからにしようと思いました。

 照り返す日差しは厳しく、風もない中を歩きました。途中、めまいと頭痛を感じましたが、ふらふらしながらそれでも自宅に着きました。

 部屋の中もものすごく暑くなっていました。すぐにクーラーをつけたのですが、ベッドに横になった途端に足がつってきました。Cさんは何度も何度も足をさすって、ようやく落ち着いた気がしました。

 熱があるように感じて測ってみると36・8度ありました。新型コロナワクチンの接種はまだ1回目が終わったばかりで感染が心配です。がんの持病があってコロナで亡くなった方、ワクチンを接種していても感染した人がいることをニュースで知っていたので、なおさらでした。

 そうこうしているうちに、口が乾き、歯ぐきの痛みも出てきました。冷蔵庫の麦茶を飲んで少し楽になったものの、その後でトイレに行くと尿はほんの少ししか出ません。今日は朝に一度行ったきりなのに……。

 郵便受けを確認すると、新聞や広告と一緒に宅配便の不在伝票が入っていました。電話で再配達をお願いし、30分ほど目を閉じて横になっていたら、頭の痛みもなくなっていました。

■当日は水分を多めにとる必要がある

 夕方5時半ごろになって、昨日、用意していたスープを冷蔵庫から取り出して飲んでいると、宅配便の再配達がやってきました。千葉に住む妹が「びわ」を送ってくれたのです。

 びわを2個食べたら、なんだか元気が出てきた気がしました。子供のころに食べていた懐かしい味で、Cさんはうれしくなって妹にお礼の電話をしました。その際、今日の出来事を話したところ、看護師をしている妹から注意されました。

「姉ちゃん、それ熱中症だよ。ペットボトルを持って出かけなきゃ。何も食べず、何も飲まずに出かけたらダメよ。も~なんにも分かってないんだから……。口が乾いたり、頭が痛かったり、ふらふらしたのもみんな熱中症よ。駅で何か食べればいいのに。もし何も食べたくなくても、自販機があるでしょう? 飲み物買って飲んでよ。も~姉ちゃんたら……ひどくなったら救急車だよ。熱中症で命を落とす人もいるのよ。まして姉ちゃんはね、抗がん剤やった日は多めに水を飲む必要があるんだから。おしっこで抗がん剤を体から早く出した方が副作用は少なくて済むのよ。抗がん剤によっては腎臓に良くないものもあって、腎臓が悪くなったら抗がん剤もできなくなるよ。今日はいっぱい水を飲んで! 何か食べるものはある?」

 自分を心配してくれる妹に、Cさんは感謝の気持ちでいっぱいでした。

「ありがとう。あなたがいてくれたからよかった。うん、困った時は電話するから」

「うん、絶対電話してね。次の抗がん剤はいつ?」

「3週間後だと思う」

「分かった。3週間後ね」

 抗がん剤治療を受けている人はもちろん、そうでなくても、水分をたくさんとって熱中症には十分に気をつけてください。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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