人生に勝つ性教育講座

ベートーベンの難聴の原因 昔は先天梅毒説が有力だったが…

難聴は20代後半から徐々に悪化
難聴は20代後半から徐々に悪化

 難聴に苦しみ、晩年はほとんど音が聞こえない中で名曲を作り続けたといわれるベートーベン(1770年~1827年)。ドイツの作曲家で日本では「楽聖」と呼ばれるベートーベンはなぜ難聴になったのでしょうか?

 ベートーベン一家は、ボンでは宮廷音楽一家として知られた存在で、祖父は楽長として宮廷の音楽家を率い、父親のヨハンは宮廷歌手だったといわれています。母親は宮廷料理人の娘で、ヨハンとの間に7人の子供を産みます。しかし、成人まで育ったのはベートーベンを含めて3人だけでした。

 酒好きの父親のせいで子供の頃からお金に苦労していたベートーベンですが、祖父や有力貴族らの支援で音楽家としての実力を身につけていきます。ベートーベンが音楽を始めたのは父親がベートーベンの才能に気がつき、英才教育を施したからといわれています。

 難聴については25歳の夏、あまりの暑さに裸で体を冷やしてから聴力に異変が起きたようで、20代後半から徐々に悪化していったといいます。33歳の頃に友人に宛てた手紙には、「誰にも知らせてはならない」としながら、「この3年間で耳の具合が悪化し、オーケストラを聴く時には近寄らなくてはならない」、「離れると高音が聞こえなくなる」、また「小声の会話は耳に入るが言葉までは分からない」ことなどが書かれていました。

 そして40歳になる頃にはほとんど音は聞こえなくなったのではないか、と言われています。44歳のとき、メトロノームの発明者が考案した補聴器を使うようになったそうです。ピアノのフレームに当てた棒を口にくわえ、振動を体で感じることまで試みていたといいます。その状態でも創作意欲は衰えることなく、それ以降も作曲を続けたそうですから凄い人です。

 そんなベートーベンは51歳のとき「黄疸」にかかります。それ以降、激しい腹痛、嘔吐、吐血に悩まされるようになり、1827年3月26日に亡くなります。翌日行われた解剖記録によると、肝硬変に加え、通常の3倍にまで膨らんだ脾腫、胆のう炎、膵炎が確認され、頭蓋骨は正常の2倍ほどの厚さで、聴神経がそれにより圧迫されて萎縮がみられたそうです。

 そのことから、難聴は副甲状腺機能亢進症を合併した骨パジェット症と痛風、さらにはこれらの苦痛から逃れるためのアルコールなどによるものという説もあります。骨パジェット症とは骨の新陳代謝の異常により、骨が変形したり、もろくなったりする病気です。骨の変形に伴う痛みや頭痛、噛み合わせの問題、聴力障害、脊柱管狭窄症などを引き起こします。

 また、オークションで落札されたベートーベンの遺髪20本余りを1995年に科学者が分析したことがあります。それによると、毛髪には通常の100倍もの鉛が検出されたそうです。このため、ベートーベンは鉛中毒に苦しんでいて、難聴もそのせいではないかという説も浮上しています。この話は、ラッセル・マーティンの著書「ベートーヴェンの遺髪」(白水社)に書かれていますので、興味のある方はお読みになるといいでしょう。

 しかし、最も古くから言われていたのはベートーベンが「先天梅毒」だったという説です。先天梅毒とは、梅毒トレポネーマ・パリダム菌が母親の胎盤を介して胎児に感染する多臓器感染症です。早期と晩期の2通りに分類され、無治療の場合1年以上経過して症状が表れるのが晩期先天性梅毒とされています。生まれたばかりの段階では60%が無症状ですが、多くは生後3カ月以内に症状が表れるといわれています。早期先天梅毒は肝臓や脾臓の腫瘍、梅毒特有の瘡、斑点状丘疹、全身性リンパ節腫大、中枢神経症状などが、晩期先天梅毒は鼻、口、各臓器、骨にゴム腫様潰瘍や、内耳性難聴などが表れます。

 梅毒はベートーベンが生まれた当時、今では考えられないほど多くの患者がいたため、先天梅毒は珍しい病気ではなかったと考えられます。ですから、ありそうな話にも思えます。もしベートーベンがそうならば、晩期先天梅毒ということになるのでしょう。ただそれが本当なら、まだ治療薬のない時代に57歳まで生きられたかどうか疑問です。

 ちなみに、先天梅毒は妊婦検診が行われている今の日本には存在しないと思われるかもしれません。しかし、残念ながら2016年には15例、2017年には9例が報告されています。2017年までに協力を得られた13事例の分析によると、母親の国籍は12名が日本で不明が1名。年齢は18~40歳。最終学歴は大学・大学院卒1名、高卒7名。8名が既婚、5名が未婚でした。性産業に従事した経験のある人は4名、生活受給歴がある人は2名でした。妊婦検診無受診3名、不定期受診3名、定期受診7名だったということです。

 梅毒に限らず性感染症全体に言えることですが、性感染症に対する無知や経済的困窮が感染拡大につながり、それは子供たちにも影響します。性感染症で人生につまづきたくなければ、そのことを常に考えて行動することが大切です。

尾上泰彦

尾上泰彦

性感染症専門医療機関「プライベートケアクリニック東京」院長。日大医学部卒。医学博士。日本性感染症学会(功労会員)、(財)性の健康医学財団(代議員)、厚生労働省エイズ対策研究事業「性感染症患者のHIV感染と行動のモニタリングに関する研究」共同研究者、川崎STI研究会代表世話人などを務め、日本の性感染症予防・治療を牽引している。著書も多く、近著に「性感染症 プライベートゾーンの怖い医学」(角川新書)がある。

関連記事