ある患者は、大学准教授だった頃にたくさんのがん患者のみとりの経験をし、開業後は地区の「死の準備教育」の講師を務めた医師でした。そのため、いざとなっても死を十分受け入れられる、自分の死においては「穏やかな死」で、恐怖を感じることなど絶対にないと確信していました。
しかし、自身が膵臓がんになり、担当医からすべてを話されて、すでに危険な状態であることを知ると彼は急に死の恐怖に襲われ、こんなことを考えたそうです。
「安楽の中で、家族にさよならを告げて、みんなに見送られて死ぬはずなのに、あの確信していたものは何だったのだろうか。死は怖くないと言い切ってきた自分はどこへ行ってしまったのだろうか?」
健康なときに考えた死と、いざ死が迫ってきたときではまったく心境が違ってきたのです。
また、2016年に起こった相模原障害者施設で元職員が入所者19人を殺害した事件のこと、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)だった女性(当時51歳)に頼まれ、薬物を投与して殺害した医師2人が昨年7月に逮捕された嘱託殺人についても話しました。さらには、天寿を全うしての死、若い方のがんによる夭折といったいくつものエピソードを取り上げ、「いろいろな死を通して命の大切さを伝えたい」という思いでお話ししました。
がんと向き合い生きていく