「多発性硬化症」ってどんな病気? 再発と寛解を繰り返し…

多くは20代で発症
多くは20代で発症(C)日刊ゲンダイ

 白人に多い多発性硬化症(MS)が、近年、日本人でも増えている。20年間で2倍の患者数だ。このMSの新薬が、5月に発売された。日本では初のメカニズムの薬だ。MSについて、東北医科薬科大学医学部老年神経内科学教授の中島一郎医師に話を聞いた。

「今回発売の『ケシンプタ』は、欧米では承認済みのB細胞を標的とした薬ですが、日本で承認されたものはありませんでした」

 MSは、脳と脊髄、視神経から成る中枢神経に起こる病気。神経ネットワークをつくる神経線維は髄鞘で覆われている。

「ところが何らかの原因で免疫細胞であるリンパ球が中枢神経を攻撃するようになると、中枢神経に炎症が起こって髄鞘がはがれ(脱髄)、中枢神経の働きに異常が生じる。これがMSです」

 なぜ免疫が中枢神経を攻撃するかは、その人が持つ病気のなりやすさと、ウイルス感染やビタミンD不足などの「環境因子」が絡み合って起こる。ただし、それだけでは説明がつかず、どういう人がなるかははっきりと分かっていない。

 その症状は、感覚障害、運動障害、視力・視野障害、排尿・排便障害、性機能障害、認知機能障害、精神症状などさまざま。一般的に20代で症状が表れ始めるが、最初は診断がつかず、再発して確定診断となることが多い。

「典型的なMSで治療が不十分だと再発、寛解を繰り返し、40~50代で歩行障害が顕著になり、再発がなくても症状が進行し、車椅子、寝たきりと進むことがあります」

 再発期にはステロイド剤の点滴注射など炎症を鎮める治療が行われる。寛解期に入ると、再発・進行を抑える薬物治療が重要になる。経口剤、点滴製剤、筋肉注射・皮下注射製剤がある。

「理想は、多発性硬化症の診断時からの強力な治療介入です。障害が残る前に治療を開始できれば、障害なしで一生を過ごせるからです。問題は副作用です。リンパ球が脳で活性化しない状況をつくれば炎症は起こらずMSの再発・進行を抑制できますが、病原体に対しての抵抗力が落ちるため、JCウイルスが増殖するPML(進行性多巣性白質脳症)のリスクが高くなる。これは非常に致死率の高い病気です」

■新薬の効果に期待

 リンパ球の働きを抑制してMSの再発・進行を抑制しつつ、病原体を攻撃するのに必要なリンパ球の働きを残した安全な薬の登場――。これがMS治療の今後の課題だが、5月に発売された「ケシンプタ」は、従来薬よりPMLのリスクが低く、その効果に期待が寄せられている。

「ケシンプタは、B細胞の表面に発現するタンパク質CD20を標的とし、B細胞を減少させます」

 リンパ球には、T細胞、B細胞、NK細胞などがある。多発性硬化症では、T細胞が活性化して自己免疫反応を生じ、髄鞘を攻撃している。

「一方、B細胞の働きは解明されていない部分も多いのですが、MSにおいては、B細胞を除去するとT細胞の活性化が抑えられ、炎症が鎮まり、MSの進行を抑制することができます」

 ケシンプタの臨床試験では、年間再発率、身体的障害進行、MRI病変出現数が海外の標準治療薬(日本では未承認)との比較において有意に抑制された。

「最長30カ月の臨床試験中、感染症の発現が対照薬と同程度に見られました。重篤な副作用はなかったものの、類似薬でPMLの発症が報告されています。発症頻度が少ないとはいえ、PMLへの注意は必要です」

 扱いやすいデバイスで容易に皮下注射できるが自己注射はまだ認められていないので、1カ月に1度、病院へ行かなくてはならない。1年後には自己注射が認められる予定である。

 どの段階でケシンプタを使い始めるかは主治医の判断。中島医師は「積極的に、診断時から使っていこうと考えている」と話す。いずれにしろ、治療の選択肢が増えたことは心強い。

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