人生に勝つ性教育講座

「梅毒を武器に敵と戦った女性」を描いたモーパッサンの背景

 梅毒をテーマにしたのは、モーパッサン自身が梅毒だったからかもしれません。彼は27歳頃から梅毒による神経障害に苦しむようになり、38歳で不眠症を患い、奇行が目立つようになります。「エッフェル塔を見るのが嫌で、エッフェル塔のレストランで食事をした」というエピソードはこの頃の話です。そして41歳でピストル自殺未遂を起こして精神病院に入院し、そのまま42歳で亡くなります。

 モーパッサンが梅毒に感染した当時の人たちはその深刻さに気づいておらず、軽く考えていたようです。それは梅毒が症状が出ては消え、消えては出てくるを繰り返しながら重症化するため、その経過を知る人が少なかったからかもしれません。

 実は梅毒の患者はどのように重症化し、亡くなるのか、医療関係者でも長い間わかっていませんでした。それを調べるために恐るべき実験が米国で行われたことがあります。それが「タスキギー梅毒人体実験」です。梅毒を治療せずに放置したらどうなるかを調べるため、1932年から40年間にわたり、米国アラバマ州のタスキギーという町の黒人600人を対象に、米国の政府機関によって行われました。

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尾上泰彦

尾上泰彦

性感染症専門医療機関「プライベートケアクリニック東京」院長。日大医学部卒。医学博士。日本性感染症学会(功労会員)、(財)性の健康医学財団(代議員)、厚生労働省エイズ対策研究事業「性感染症患者のHIV感染と行動のモニタリングに関する研究」共同研究者、川崎STI研究会代表世話人などを務め、日本の性感染症予防・治療を牽引している。著書も多く、近著に「性感染症 プライベートゾーンの怖い医学」(角川新書)がある。

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