上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「出会いに感謝」「苦労と握手」若手医師に伝える心構え

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回まで若手医師の手術指導についてお話ししてきました。

 若手が手術に臨むには、基本的な手技と局所解剖の知識を身につけることが大前提なのはもちろん、メンタルとフィジカルのコンディションをしっかり整えることも求められます。また、患者さんの命を預かるわけですから妥協は許されませんし、強烈なプレッシャーを受ける場面もたくさん訪れます。そのため、指導者側が厳しい言葉で指導する場合も少なくありません。そうした環境を乗り越えられる若手が外科医としてのスタートラインに立てるのです。

 さらに、若手にとって何より重要なのは「“出会い”に対してしっかりと感謝できるかどうか」です。自分が携わる多くの患者さん、さまざまな病気、与えられた環境……そういったすべての出会いに対し、「ああ、このために自分はここまでやってきたんだな」といった思いから、感謝できるかどうか。これは、外科医として成長するための“入り口”といっていいかもしれません。

 また、「苦労と握手できるかどうか」も大切です。自分にとってすごくつらい出来事や艱難辛苦に見舞われたとき、逃げ出したりせずに真正面から受け止める。どんなに難しい局面に立たされても、原点にさかのぼって理由を探せば次のステージに進むためのヒントが見えてきます。

 たとえば、一般的な手術ではリスクが高い超高齢の患者さんの心臓手術を検討するとき、何も考えることなく最初から「手術をしない」という選択をするのではなく、普通とは違う手順でもその患者さんにとって一番いい方法を考える。そして限られた時間の中で、「本当にその方法がベストなのか」を何度も何度も確かめる。そうした過程の中から、その方法でうまくいった事例がいくつも報告されていることが見つかれば、その患者さんにとってはそれが正攻法だということになります。逃げずに物事を正面から受け止めれば、必ず何か活路はあるものなのです。担当医や執刀医が逃げ腰では、チームで難関を乗り越える力がそがれます。「Yes, we can!」が患者さんを救うキーワードです。

 すべての出会いに感謝する。苦労と握手する。この2つがしっかりできる外科医は伸びていきます。指導する側として、いつも若手に伝えていることです。

■次の患者を待たせないことも大切

 ほかにも、事あるごとに教えているのが「次の患者さんを待たせない」という意識を持つことです。医師にとって大切なのは、次に待っている患者さんに対し、一刻も早く自分の能力を提供することです。

 たとえば、寿司を食べにいくとして、銀座の高級寿司店と近所の回転寿司という選択肢があったとします。単純においしさだけを考えれば、銀座の高級寿司店のほうが上なのは当然です。しかし、ものすごくお腹が減っていて今すぐにでも寿司が食べたいという状況であれば、目的を果たしやすいのは近所の回転寿司です。銀座の寿司店に行く場合、空腹をこらえて銀座まで移動し、カウンター席に座り、順番に寿司ネタが出てくるのを待ってじっくり食べなければなりません。

 つまり、どんなに質の高い医療を提供できるとしても、すぐにでも治療を必要としている患者さんを長い時間待たせてしまうのなら、目的を果たせないということです。もちろん、十分な質は維持しなければなりませんが、医師は次の患者さんをなるべく待たせないよう常に心がけなければならないのです。

 これを頭の中で常に考えていれば、救急車で急患が運ばれてきたときは迅速に患者さんを受け入れ、すぐに救急隊を帰すという行動につながります。そうすれば、救急隊はそれだけ早く次の患者さんのところに向かえることになるのです。

 医師の中には独り善がりになりがちな人もいますが、医療は自分ひとりの力では十分な目的は果たせません。「まわりがあって、自分がある」という大本の考え方をしっかり持っておく必要があるのです。

 そうやって、医師が自分自身で納得できる誠実な医療を真摯に提供し、患者さんに貢献し続けていれば、組織=医療機関の順調な運営につながります。「Yes, we can!」には、個人の評価や報酬が後から必ず付いてくるものです。

 若手には技術や知識だけでなく、こうした意識や心構えを教育していくべきだと考えています。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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