がんと向き合い生きていく

コロナ禍では検診の“先の検査”も大幅に減っている心配がある

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 ある日、自営業のKさん(54歳・男性)は市の検診で「要精査」とされ、その用紙を持参して来院されました。Kさんのカルテファイルにはその用紙が挟んであり、それが2枚ありました。今年の日付のものには「胸部X線で異常影があり要精査」と、昨年の日付のものには「胸部要精査」と書き込まれていました。

 私はKさんを診察室に呼び、「去年は病院を受診されなかったのですか?」と尋ねました。するとKさんは、マスク越しに「ええ、すみません。仕事が忙しくて放っておいてしまいました」と申し訳なさそうに言われます。Kさんは気にされていたようで、保管していた昨年の用紙も持参したのでした。

 急いで採血と胸部X線検査を指示し、さらにCT室に電話をして緊急の胸部CT検査をお願いしました。KさんにはCT検査前の説明をして了解を得た後、「1時間後くらいに結果が出たら、またお呼びします」と伝え、検査に臨んでもらいました。

 しばらくして、電子カルテでKさんの胸部X線写真を見ると、全体にはきれいな肺ではありません。胸部CT画像では、右肺上葉に径約1センチの丸い陰影が認められました。さらに採血結果では、肝機能はまずまず正常の上限、血糖値は120㎎/デシリットル、HbA1Cは6.2%と高値でしたが、糖尿病の緊急の治療は必要ないと判断しました。

 それからKさんを診察室に呼び入れ、CT検査結果の画像を示しながら説明しました。たばこは10年前まで20年間吸っていたようでした。お酒は毎日、缶チューハイを1缶。他に既往はありません。

■発見が遅れれば治療が大変になる

 さらに、事務業務を補助してくれている外来クラークさんに、「外来で診療している呼吸器内科のM医師に相談したいのだけれど、そちらまで行ってもいいか」と尋ねてもらいました。M医師には呼吸器疾患のことでは、いつも相談させてもらっています。するとM医師から「患者さんと患者さんの合間に時間をとる」との返事をいただき、私はKさんのカルテファイルを持って、M医師の診察室を訪ねました。

 M医師はすぐにKさんの患者番号を電子カルテに入力してCT画像を確認し、言われました。

「肺がんかもしれませんね。こちらで診ますから、私の方に患者さんをどうぞ」

 その日にこれからM医師にKさんを診察いただけることになり、私はホッとして自分の診察室に戻り、M医師あてに院内の依頼状を書きました。

 そして、再びKさんを呼んで、まずは肺の問題を解決しなければならないこと、これから呼吸器内科専門のM医師が診てくれること、糖尿病については後日に栄養科での食事指導を受けることなどを説明しました。Kさんからは「がんでしょうか?」と聞かれました。私は「その疑いがあります。そのための詳しい検査をすることになると思います」と答えました。

 M医師が診察した後のKさんのカルテを見ると、気管支鏡検査のため呼吸器内科に入院する予定となっていました。

 結局、気管支鏡の組織検査では肺がんの診断で、後日、胸腔鏡手術となりました。幸いがんの大きさは1.2センチ、リンパ節などに転移はなく、ステージ1aで、手術後の抗がん剤治療は必要ないとのことでした。

 今回のKさんの場合は、検査が1年遅れで、本当に幸運にもがんが早期だったのですが、進行していたら取り返しがつかないことになったかもしれません。そうなると治療も大変ですし、費用もかかります。

 この1年半、新型コロナウイルス感染症の流行で、不要・不急の外出を避けるように言われ、検診を受ける方が大幅に減っています。さらに、せっかく検診でチェックされても、その先の検査を受けない方がもっとたくさんいるのではないかと心配になりました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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