あなたを狙う「有毒」動物

人も刺すネコノミ 蚊に似た吸血システムで「猫好き」は痒くならない

野良猫にはネコノミが寄生している可能性が高い
野良猫にはネコノミが寄生している可能性が高い

 まだ20代の頃、住んでいたアパートの近所を歩いていると、野良猫が1匹近づいてきて、眼で「飼ってくれ」と訴えてきたのです。仕方なく部屋に上げて、エサを与えたりしていました。数カ月すると、足首やすねのあたりに赤い発疹が出て、痒いことこのうえない。しかしそれがノミのせいだと分かるまでに、だいぶ時間がかかりました。

 近年のペットブームのおかげで、ノミの被害が増えて続けています。ノミは昆虫の仲間です。「隠翅目(ノミ目)」といって、翅(はね)は退化してなくなっていますが、強いジャンプ力を持っており、動物に跳びついて寄生し吸血します。人の血を吸うノミは、主にヒトノミ、イヌノミ、ネコノミの3種類です。全長が1~4mm、色は茶褐色、縦に平べったく、見た目の違いはほとんどありません。名前の通り、ヒトノミは人間、イヌノミは犬、ネコノミは猫を主な宿主にしています。ただしこだわりは少なく、いずれも他の哺乳類にも寄生して血を吸います。

 ヒトノミの被害は、戦中から戦後にかけて非常に多かったといいます。当時は「ノミとり粉」という、除虫菊から作った粉末状の薬剤が広く使われていました。除虫菊といえば、蚊取り線香が思い浮かびます。花にピレスロイドと呼ばれる、昆虫の神経を麻痺させる殺虫成分が含まれています。蚊に限らず多くの昆虫に有効で、しかも哺乳類には無害です。いまでも殺虫剤の成分として、化学的に改良されたものが広く使われています。

 しかし当時のノミとり粉は、ピレスロイドの含有量が少なく、あまり効かなかったようです。進駐軍のDDT散布が始まって、ようやくシラミとともに駆除されたのでした。ヒトノミは、今ではほとんど絶滅したと言われるほど見られなくなりました。

 代わって台頭してきたのがネコノミです。名前はネコでも、犬や人の血も吸います。猫に寄生しているノミのほぼ100%がネコノミですし、最近では犬に寄生しているノミも大半がネコノミと言われています。20代の私を悩ませたのも、こいつだったに違いありません。

■痒みの原因はアレルギー反応

 ノミの吸血は、蚊のそれとかなり似ています。細い針(口吻)を皮膚に突き刺し、血液凝固を防ぐ成分を唾液に混ぜて注入しつつ、血を吸っていきます。痒みの原因も同じで、ノミの唾液に対するアレルギー反応によるものです。しかも、それが4段階に分かれているところまでそっくりです。

 第1段階、つまりまだノミに刺されたことがない人は、体の中にはノミの唾液に対する免疫がないため、初めて刺されてもアレルギー反応が起こりません。痛くも痒くもないし、赤い発疹もできません。ところが何度か刺されていると(第2段階)、次第にT細胞やマクロファージがノミの唾液成分を認識するようになり、刺されてから1~2日後に痒みや発疹が生じるようになります(遅延反応)。

 さらに進むと(第3段階)、刺された直後から痒くなります(即時反応)。しかしそれを過ぎると(第4段階)IgG抗体が作られるようになって、即時反応が起こるより先にノミの唾液成分が中和されるため、痒みも発疹も起こらなくなるのです。

 ただし蚊に対するIgG抗体とノミに対するIgG抗体は別物なので、仮に蚊では第4段階に達していたとしても、ノミには無効です。

 知り合いに、猫を20匹以上も飼っている夫婦がいます。完全に家猫だったら外でノミをもらってくる心配はありませんが、ほとんど放し飼い状態です。しかもノミ予防剤の使用をよく忘れるというので、たぶんかなり寄生されているはずです。一緒に住んでいる人間たちも、頻繁に刺されているに違いありません。

 しかし当人たちはいたって平気です。彼らはおそらく第4段階に到達しているのでしょう。また、子供の頃から猫を一緒に暮らしてきた人は、大人になってノミに刺されてもほとんど痒くならないといいます。それもやはり、第4段階に達しているからだと思われます。

 私のように初めてノミに刺されて、第2段階に達した場合は大変です。市販薬はとんど効果がなく、強い痒みに七転八倒しなければなりません。皮膚科に行って強い薬を処方してもらって、ようやく一息つけました。

 家の中にノミが住みついて卵を産みつけ始めると、どんどん増え続けます。そうなると、燻煙殺虫剤で駆除しなければなりません。それで成虫と幼虫は殺せますが、卵はしぶとく生き残っていることがあります。そこで孵ったところを見計らって、1~2週間後にもう一度燻煙するのです。

 かわいいから、かわいそうだからといって、野良猫を拾ってくるのも考えものだと学びました。ノミ対策を十分にしておかないと、ひどい目に合うのでみなさんも注意してください。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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