独白 愉快な“病人”たち

肺がんで余命宣告され…俳優・御木裕さんが克服までを語る「目が覚めたら医者が3人深刻な顔を」

御木裕さん(C)日刊ゲンダイ

 その間、病室では教団関係者が毎日のように来ては祈っているし、全国からお見舞いの人が次々やって来るし、空手道場の若い子たちは「生きててよかった」と泣いてくれたりしていた。主治医は「御木さんの病室は濃くて奇々怪々ですね」と笑っていたな。

■主治医の言う通りの治療をしただけ

 思えば、自分よりも周りがアタフタしていた。自分はまるで死ぬ気がしなかったから割と平常心だった。でも何かあって周りに迷惑をかけちゃいけないから、余命宣告されてすぐに白金(港区)にある家やマンションを処分して、寄進させていただいた。弟には「葬儀だけは小さくやってくれ」と伝えてね。そこまで準備したのに、どんどんよくなっていくから周りは不思議がっていたよ。

 5回目の抗がん剤治療が終わった頃にはずいぶん元気になっていたので治療は終了。余命宣告をした主治医も事情があって病院を離れることになった。その去り際に、「祈りってあるんですかね」とつぶやいていたことが今でも印象に残っているよ。

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