がんと向き合い生きていく

コロナ禍での自殺者増であらためて考える がん患者の心の問題

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 昨年から自殺者が増えています。もともとは自殺は男性に多いのに、女性の増え方が目立ち、うつ病を含む健康問題が原因とみられるケースが多いようです。2020年に自殺した人は2万1081人を数え、19年より4.5%増でした。徐々に減りつつあった流れが上昇に転じたのです。収まらない新型コロナの流行も大きく影響しているものと思われます。

 そうした報道を目にしている時、長年の友人から電話がかかってきました。その友人の奥さん(60歳)が乳腺にしこりを感じたといいます。しかし、コロナ感染が拡大しているから、しばらく病院には行きたくないと言っているとのことでした。

 そんな話を聞いて、早めに乳腺外科で診てもらうことを勧めました。

 2週間後、友人から再び連絡が来ました。病院で診察を受けた奥さんは「乳がんの疑いがある」と告げられたといいます。

 まだ確かな診断がついていないのに、帰宅した奥さんは「よりによってこんなコロナ禍のさなかに……」とふさぎ込み、夕食も取らずに寝込んでしまったそうです。

 友人は「あんなにショックを受けるなら、しかもこんな猛暑の中、病院に行かせるのではなかった」と言います。さらに、これから何回か検査に行かなければならないとのことでした。

 私は、もしもがんであれば早く見つかったほうがよいこと、コロナや熱中症に気をつけて頑張って奥さんをサポートしてほしいと友人に話しました。

 電話を終えた後、奥さんががっくりされていることを考えながら、ずいぶん昔の出来事を思い出しました。本人とは面識がなかったのですが、がんを患っていて自死された方の葬儀に出席した時のことです。

 亡くなった方の母親は、我が子の棺にしがみつきながら、「私がついていたのに!」と泣き叫び続けていました。献花をする出席者もみんな泣いていました。本人もかわいそうでしたが、あの母親はその後どう生きられたのだろうか……とても心配でした。

■「がん=死」をイメージする人は多い

 がん患者の心の問題は国ではどう考えられてきたのでしょう? 18年3月に閣議決定された第3期がん対策推進基本計画には、「我が国のがん患者の自殺は、診断後1年以内が多いという報告があるが、拠点病院等でも相談体制等の十分な対策がなされていない状況にある。がん診療に携わる医師や医療従事者を中心としたチームで、がん患者の自殺の問題に取り組むことが求められる」と書かれています。

 やはり、まずは担当する医師が患者の心をしっかり支えてほしいと思います。医師の一言一言は患者の心に響きます。医師が診察していて「これは」と感じることがあったら、早めに精神科や心療内科の医師と相談することです。

 医師からがんと告げられた時、「がん=死」をイメージする方はたくさんおられます。コロナ禍のこんなタイミングでがんと診断されたら、それはそれは大変です。しかし、多くのがんは治るのです。たとえ進んだがんだとしても簡単には死なないのです。

 この春に発表された国立がん研究センターの報告では、がん患者の10年生存率は全体で59.4%だそうです。女性の乳がんでステージ1の場合、5年後の生存率は100%、10年後は99.1%。一方、ステージ3になると生存率は5年後に80.6%、10年後には68.3%。全身転移したステージ4の場合は5年後34.4%、10年後16.0%です。

 電話で話した友人の奥さんは、幸い針生検ではがん細胞は見られず、1年に1回検査へ通うことになりました。奥さんはもちろん、友人、私もみんなでホッとしました。

 あなたはひとりではありません。病院には相談支援センターなどがあります。「こころの相談室」が設置されている病院もあります。電話カウンセリング、「いのちの電話」といった対面でなくても相談できるシステムもあります。

 世の中を暗くしているコロナ禍、「コロナだから仕方ない」じゃない。腹が立つけど、癪だけど、生きようよ。生きながらえようよ。癪だから生きようよ。そして、また会えるよ。また会おうよ。

 応援しています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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