独白 愉快な“病人”たち

アナウンサーの濱中博久さん 心筋梗塞の手術から回復まで

濱中博久さん
濱中博久さん(提供写真)
濱中博久さん(アナウンサー、ナレーター/68歳)=急性心筋梗塞

「濱中さん、直ちに救急車を呼んですぐ来てください!」

 今年の1月、電話の向こうの医師にそう言われて、さすがの私も「えっ?」と仰天しました。私はそのとき、いたって普通に話せるし歩ける状態だったのです。でも、じつはこのときが一番危険な状態だったと後から知りました。

 心臓に最初の異変が起こったのは、2019年12月でした。不整脈です。私はNHKで長い間「きょうの健康」という番組の司会を担当していたので、健康知識が人より多い自負があります。食生活や毎日のウオーキングなど、健康管理にも自信がありました。

 実際、血圧の薬を飲んでいること以外は何も問題がなく、不整脈はまったく意外でした。そのときは、カテーテルアブレーション(専用カテーテルを心臓の内部に入れて原因となっている心筋を焼く)という治療を行い、すっかり良くなりました。

 もう大丈夫――そう思っていた昨年秋、いつものようにウオーキングに出ると、なんとなく胸の真ん中が重く感じました。圧迫されるような違和感です。歩くのをやめると症状は消え、歩きだしてしばらくするとまた違和感がくる。その規則性にピンときて、長年診ていただいている血圧の先生のところへ行って「心臓に問題が?」と質問すると、「おっしゃる通り。狭心症の症状です」と言われ、検査で確定診断されました。

 ただ、その時点では緊迫性はなく、処方されたのは発作時に使うニトログリセリン舌下錠でした。舌裏には太い静脈があり、ニトロはそこから吸収されて冠動脈が急速に広がって楽になるのです。狭心症の人にとってはごく普通の薬で、私もそれを持ち歩くようになりました。

 そのとき、医師から「年齢から考えて、いずれステント(血管を広げる網目状の筒)を入れる手術をした方がいいね」との話がありました。私はあまり乗り気ではなかったのですが、とりあえず心臓専門病院へ行って「来年の2月ぐらいにもう一度相談しましょうか」と、ざっくり話をしました。

 ところが、その年末から狭心症の症状がまったく出なくなったのです。「治ったんじゃない?」と思いました。相談していた先生にも「手術はしなくていいのでは?」と話してみました。すると、こう返されたのです。

「症状が出なくなる人はときどきいます。でも冠動脈の狭窄が自然治癒することはあり得ません。濱中さんの血管の状態は全体的に悪い。現状は、血管が詰まることを遅らせているだけで、良い方向に向かっているわけではない。服薬だけで案外長く無事に過ごせる可能性もあります。しかし、徐々に悪化することは間違いないし、次に私のところに来るときは、救急車かもしれないですよ」

 それを聞いても「症状がないのだから服薬だけでいけるだろう」と楽観した私は、手術を白紙にして、それを家族や友人に話しました。すると、なんと全員が私の楽観を戒め、手術を勧めたのです。

 不安になって、狭心症の標準治療のガイドラインなども読み込んで、正月明けすぐに病院へ行って前言を撤回、手術を希望しました。その時点でも緊急性はなかったので「来月できるといいですね」と、話がまとまりました。

■「自分は大丈夫」という思い込みが打ち砕かれた

 ところがその直後に、消えていた狭心症の症状がまた出始めたのです。それでも、「まあ、来月には手術だからニトロでしのいでいればいいだろう」と勝手に考えていました。そして忘れもしない1月13日、長時間のちょっと大きな収録の仕事に行きました。心臓に不安は感じつつもやりきって、スタジオの出口まで来たとき、なぜだかふと病院に電話をしてみようと思ったのです。

 電話口に出た緊急当番の先生に、また症状が出てきて頻回になってきていることを伝えると「直ちに救急車を呼んで来てください!」と強い口調で言われました。

 仰天しつつも、痛くも苦しくもない状態で救急車はためらってしまい、タクシーと電車で病院まで行きました。すると、すでにドクターたちがスタンバっていて、「遅かったですね」と言われるわ、すぐに処置室に運ばれるわ、「家族を呼んで」と言われて慌てるわで、今思うとまるでドタバタ喜劇です。

 心臓の状態は、3本ある太い冠動脈の1本が髪の毛ほどの隙間しかなく、心筋の壊死が始まっていてもおかしくないきわめて危険な状態でした。すぐにステントを血管内に入れる手術を受け、アッという間に血流が回復して、3日間ほどで退院できました。

 幸い私は大事に至る寸前で治療を受けることができ命拾いしましたが、自分は健康意識が高いので大丈夫という思い込みは完全に打ち砕かれ、血管の劣化が進んでいるという事実。どんなに気をつけていても、こういうことは起こるのです。寿命は個体差ですし、弱点となる体のパーツも人それぞれ。なるべく自分の弱点パーツを長持ちさせるようにするしかありません。

「気をつけてるから大丈夫」と思わずに、少しでも変だなと思ったら放置しないことが大切だと思います。

(聞き手=松永詠美子)

▽濱中博久(はまなか・ひろひさ)1952年、京都府出身。1977年、NHKに入局し、「きょうの健康」をはじめ、ジャズや短歌など幅広い番組で司会を担当した。2012年に定年退職。フリーランスとなった今も、「NHKスペシャル」などのナレーションを務めている。今年10月28日(木)に上演されるオペラ「ザ・ラストクイーン」(東京・日本橋劇場)でナレーションを担当する。

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