がんと向き合い生きていく

空腹ホルモン「グレリン」はがん治療と大きく関係している

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 28歳で独身のDさん(男性・病院事務)はアパートで一人暮らしをしています。身長167センチ、体重98キロ、BMIは35(22を標準とし、25以上が肥満、18.5未満が低体重とされる)と、かなりの肥満です。

 健診で高血圧を指摘され、受診に来ました。その結果、血圧は150/90(㎜Hg)で、HbA1Cは6.8%と糖尿病を示唆する値です。また、肝機能の低下を示す値は軽度上昇しており、腹部エコー検査では脂肪肝との診断でした。

 診察後、まず痩せること、夕食後のスナック菓子をやめるように話し、栄養科で栄養指導を受けるように勧めました。家族歴では糖尿病はありません。本人は「はい、はい」と返事は良いのですが、守ってくれるかどうか……。

 夕方になって、管理栄養士が私のところにやって来ました。

「栄養指導の内容はDさんのカルテに書いておきました。中学生の時は柔道をしていたようですが、母親ががんで亡くなってから一人暮らしになって、友達もいないみたいなのよね」

 1カ月後の外来診察では、Dさんは頭をかきながら診察室に入ってきました。スナック菓子はかなり控えたと言っていましたが、体重は減っていません。私はちょっと“脅し”のつもりで、「半年経って3キロ以上痩せなければ、外科に頼んで胃の手術をしてもらいましょう」と言ってみました。すると、Dさんは少し驚いたように「胃の手術で痩せるのですか?」と聞くのです。

 そこからこんなやりとりが続きました。

「胃を小さくすれば、食べる量も減るでしょう。それからね、胃の手術をすると食欲が減る効果もあるんですよ。グレリンという胃から出る空腹ホルモンがあって、胃の手術でグレリンを分泌するところを切除すると、食欲が減る効果があるんです」

「分かりました。でも、手術はしません。スナック菓子はきっぱりやめます」

「肥満は、内臓脂肪がたまって肝臓にも腎臓にも肺にも良くありません。コロナ感染でも肺炎がひどくなりやすいのです」 その後、Dさんは真面目に外来診察を受けに来るのですが、なかなか痩せません。普段からもっと歩くことや、定期的な運動を勧めています。

■抗がん剤との併用で体重減なく治療可能に

 まったく逆の話になりますが、がんが進行すると食事が取れなくなり、痩せて動けなくなることが少なくありません。この場合、エネルギーとなる栄養不足は深刻です。経管栄養、胃ろう、中心静脈栄養といった対策はあっても、適応になる方は少ないのです。

 実は、胃から出る空腹ホルモン=グレリンと同じ作用がある「アナモレリン」という薬があります。これが今年の1月に「悪性腫瘍(非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がん)におけるがん悪液質」に対して保険適用となりました。がん悪液質とは、がんに伴う体重減少や食欲不振で体の一般状態が悪くなり、生活の質(QOL)が落ちている状態です。アナモレリンは、がん悪液質の患者さんにおける体重および筋肉量の増加並びに食欲の増加効果が示されたのです。

 また、このアナモレリンの内服により、抗がん剤との併用で体重が減らずに治療ができたという臨床試験の結果が報告されています。

 一般状態が良く、体力のある患者は抗がん剤治療に耐えて頑張れます。しかし、体力がなく食事が十分に取れない状態で抗がん剤を投与され、1、2回の治療で無理と判断されて効くかどうかも分からないうちに“ギブアップ”となってしまった患者をたくさん見てきました。

「あなたには抗がん剤治療はかえって命を短くする可能性があります。ですから緩和ケアですね」

 体よくそんなふうに言われ、治療が打ち切りになったら、患者はそれに従うしかないのです。

 もし今後、抗がん剤との併用でもアナモレリンが内服可能となれば、少なくとも抗がん剤の効果があるかないかをしっかり判断できるまで投与が可能となる患者が増えるのではないかと思います。そうなれば、アナモレリンの内服は、がん治療がしっかり行われるためにも重要な薬になってくるでしょう。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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