独白 愉快な“病人”たち

今もお腹に人工メッシュが…猫ひろしさん「鼠径ヘルニア」を振り返る

猫ひろしさん
猫ひろしさん(提供写真)
猫ひろしさん(マラソン選手・お笑い芸人/44歳)=鼠径ヘルニア

 3年前、お腹と左ももの付け根の間ぐらいが急にプクッと膨らんでいることに気づきました。コンビニのサラダにのっている半分に割った茹で卵ぐらいの大きさでした。触ると少し痛かったので、3日後ぐらいに病院に行ったら、「鼠経ヘルニアです」と診断されたんです。

 いわゆる「脱腸」といわれるやつで、簡単に言うと年齢とともに筋膜が緩んで筋肉と筋肉の隙間から出てはいけない腸などが飛び出てしまう病気です。

 ひどくなると引っ込まなくなって、最悪の場合、破裂して命に関わることもあるようです。

 僕の場合は初期だったので緊急性はありませんでしたが、おもいっきり速く走るトレーニングをしたときにどうしても力が入って痛みが出るので「手術したほうがいい」ということになって、診断から半月後に手術を受けました。

 ちょうど大きな大会もなかったのでいいタイミングではあったのですが、2018年8月8日、41歳の誕生日を僕は病院で迎えました。

 手術は生まれて2回目でした。1回目はテレビ番組の企画で受けた包茎手術だったので、かれこれ15年ぐらいぶり。そのときは局部麻酔でしたし、日帰りで術後のケアも自分でしなくちゃいけなくて大変だった記憶があります。

 でも、脱腸の手術は全身麻酔だったので、寝て起きたら全部終わっていて楽でした。

 手術の詳細はよくわかりません。ただ、腸が飛び出してこないように人工のメッシュで筋膜の補強をしているので、今もお腹にそのメッシュが入っているんです。傷口は2~3センチで、今は見てもほとんどわかりません。

 たった1泊でしたけど、人生初の入院でした。一番印象に残っているのは、術後最初のトイレです。先生から「なかなか出ないよ」と言われていたんですけど、痛いのがとにかく嫌いなので尿道カテーテルを断っていたんです。先生の言葉通り、何時間たっても尿が出なくて、夜中に看護師さんから「カテーテル入れましょうか?」と言われてしまいました。「いや……ちょ、ちょっとだけ待ってください」と言って、必死で深呼吸したらなんとかできてホッとしました。あんなに脂汗をかきながらトイレしたのは、後にも先にもあれ一度だけです。

 本当に怖がりで、注射とか大嫌いなんです。こう見えてアスリートなので、自分の体の状態を知るために、頻繁に血液検査しなくちゃいけません。でも、いまだに毎回力が入ってしまって、「あ、う~っ!」と声が出ちゃう。看護師さんを不安にさせてしまうので申し訳なくなるんですけど、いつまでたっても慣れないです。

 申し訳なかったといえば、入院中にちょっとふざけて酸素マスクをして寝ている苦しげな写真をSNSに上げたんです。そうしたら、日本語が読めないカンボジアの友人たちが「どうした!?」「大丈夫か?」と、ものすごく心配してくれてびっくりしました。あわてて笑顔の写真をアップして元気アピールしましたけど(笑い)。

■厄年を信じるようになった

 じつは入院前日、ハーフマラソンのイベントに参加していたんです。軽く走る分には問題なかったのでジョギング程度にゆっくり走っていたんですけど、脱腸のことは伏せていたから「もっと速く走れよ」と思った人が多かったみたいです。後日、新聞で入院の記事が報じられたとき、「そうだったのか。ごめんね」と記者さんから謝られたりしました。

 ただ、そのときの新聞記事は、偶然にもダチョウ倶楽部さんの映画の記者発表と並んで報じられ、「脱腸」と「ダチョウ」、「ニャー」と「ヤー」が絶妙に融合していて面白かったんです。いまもしっかり保管してあります。

 人間の体は左右あるので、左脚の付け根で一度起これば、右脚側でも起こる可能性があると言われています。今のところは何もないですけど、自分を過信してはいけないと思いました。

 体は丈夫な方だと思っていましたし、怖がりなので健診も定期的に受けて41歳まで何事もなくきたので、どこかで「自分は大丈夫だ。特別だ」と思っていたところがありました。でも41歳って厄年でしょう? それまで厄年なんてまったく信じていなかったのに、そこから信じるようになりました。やっぱり、人はこのくらいの年齢で節目がくるのだと長い歴史の統計が物語っている。自分にもそういうのがくるんだなと。猫だけど……。

 若いときと同じ練習量だとケガをしやすくなるし、練習しすぎて免疫力が落ちて風邪をひくパターンも多くなり、無理をしないようになりました。トレーナーにも「休むのもトレーニングのうち」と言われています。

 それでも平均30キロは毎日走っています。距離的には田舎のタクシーぐらい(笑い)。カンボジアでは、ひとりで走っていると犬に追いかけられますけど、日本はそういうことがないから走りやすいです。

(聞き手=松永詠美子)

▽猫ひろし 1977年、千葉県生まれ。大学卒業後、お笑い芸人となりテレビなどで活躍。バラエティー番組のマラソン大会をきっかけに走り始め、2011年にはカンボジア国籍を取得し、16年リオ五輪の男子マラソンにカンボジア代表として出場し、完走を果たした。現在もランナーとして世界大会に出場している。本気で取り組んだリオ五輪までの6年間に密着したDVD「NEKO THE MOVIE」が発売中。

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