がんと向き合い生きていく

抗がん剤がネックになり介護老人施設に入所できない患者も

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Sさん(79歳・男性)は肺がんで手術後に抗がん剤を内服し、呼吸器外科病棟を退院することになりました。

 しかし、ひとり暮らしです。筋力が落ちていてふらつきがあり、すぐに自宅に帰るのは無理と考えられました。そこで担当医は、2~3カ月ほど介護老人保健施設(以下老健)に入所して体力を回復してから自宅に戻るプランを考え、ケアマネジャーに相談しました。しかし、「それはきっと無理でしょう」との答えでした。

 本来、入院治療を終えて病院を退院となっても自宅での生活がまだ体力的に難しい場合、自宅に帰れるくらいの体力を回復させる――老健はそのための施設のはずです。リハビリの設備もあります。

 しかし、Sさんには「抗がん剤を内服している」という問題があるのです。老健に入所する場合、その利用料は介護度などで一定額が決まっています。その中に薬代も病院にかかる場合の医療費もすべて含まれています。ですから、抗がん剤のような高い内服薬を服用している場合は、その分も老健が負担することになります。つまり、老健が抗がん剤の費用まで負担するとは考えられないと言うのです。

 老健では、入所を決める場合、老健内の各部門から集まった入所判定会議で、入所希望者のいろいろな情報について議論されます。入所の目的、あるいは目標はどこにあるのか。入所希望者の一般状態はどうなのか。入所希望者が入院している病院まで担当者が訪れ、実際に会う場合もあります。家族の受け入れ態勢はどうか。食事はしっかりとれるのか。嚥下の状態は……といったさまざまな情報を得て検討するのです。特に内服している薬剤費は大きな問題になることがあります。内服中の薬剤が安価で少ないほど、老健にとっては良い条件になるのです。

 結局、Sさんは老健には入所せず、退院を10日間延ばして病院で歩行訓練を行い、訪問看護とヘルパーさんの予定を立てて自宅に帰ることになりました。

■介護士の待遇を改善すべき

 老健には、いろいろな方が入所されています。現実には自宅に帰ることが難しい方もおられます。寝たきりの方も多く、看取りになる方もおられます。

 かつて、私の両親が寝たきりになって、妻が在宅で介護にあたりました。食事を用意し、1日に何回も老人2人の尻を拭く……それをひとりでこなしていたのです。

「2人を24時間、いつまで続くかわからない。赤ちゃんのおむつを取り替えるのとは違うのよ」

 こう言いながら、妻は頑張りました。

 ある年の正月、私が父母の介護を担当しました。3日間、頑張ってみましたが、大変な作業です。特におむつの交換は臭い、とても大変です。特別養護老人ホームの入所待ちは何百人もいて、何年も待つというので無理でした。運良く両親は老健にお願いすることができましたが、期限があり、3カ月後には他の施設を探して移らなければなりませんでした。

 老健や特別養護老人ホームでの介護士さんの仕事は大変です。介護士さんたちは、寝たきりの老人をお風呂に入れ、おむつの交換は毎日、嫌な顔もせずに、明るく、優しく頑張ってくれています。大変な仕事を一手に引き受けてくれているのです。

 この大切な仕事に対して、国は軽く見ていると思います。介護士さんの給料が安すぎると思うのです。

 看護師さんも一緒に介護してくれますが、看護師さんは資格を持っていることもあり、十分とは言えなくともそれなりの給料をいただけます。しかし、介護士さんは低賃金、低待遇なので人手不足なのです。

 国は、これほど必要な、大切な仕事に従事している介護士さんの待遇を改善しなければ、超高齢社会は崩壊すると思います。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事