独白 愉快な“病人”たち

腎臓の働きは現在60% 作家・久間十義さん難病との闘い語る

久間十義さん
久間十義さん(提供写真)
久間十義さん(作家/67歳)=ネフローゼ症候群・IgA腎症

 2011年の暮れ、むくみと倦怠感と息苦しさでヘロヘロになって病院に行ったら、「これはすぐに手術しなきゃいけないかもしれない」と言われました。腎臓がひどく炎症を起こしていて、透析が必要になるからシャント(透析用血管)を作る手術をするという話でした。でも、腎生検で組織を調べたら「ネフローゼ症候群」という診断が下り、手術ではなく大量のステロイド投与になりました。

 異変は、その2年前に遡ります。中国の廬山という標高の高い有名な保養地で各国の作家の交流会があり、2~3週間滞在しました。途中で調子が悪くなり、頭痛と倦怠感で寝込んだのです。

 でも、なんとか日程を終えて帰国し、その翌日に近所の病院へ行きました。CTを撮ると「脳に血腫がある」とのこと。頭に強い衝撃がなくても、高地に行くと血腫ができる可能性があるらしく、「とにかく安静にしていてください」という言葉とともに降圧剤を処方されました。

 1カ月間、仕事もせずに安静に過ごしました。それでも頭痛が治らないので大学病院を紹介してもらって受診しました。でも血腫は見当たらず「誤診」だとわかり、ほかに異常は見つかりませんでした。私は、あのときじつはネフローゼになりかけていたのに降圧剤によって一時的に治ってしまっていたのだと推察しています。降圧剤は腎臓にも効くらしいので……。

 そこから不調をだましだまし過ごした結果、2011年に入院になったのです。

 ネフローゼ症候群は、腎臓のろ過機能を担う糸球体の炎症により尿の中にタンパク質が漏れ出てしまい、血中のタンパク質が減少する病気です。炎症を抑えるために、初めに大量のステロイドを投与し、徐々に減らしながら血中タンパク質を正常値にしていくのが主な治療です。

 幸い私のネフローゼは非常に単純でステロイドがよく効くタイプだったので、2カ月半で寛解して退院できました。人によっては良くならず、人工透析や腎臓移植になる難病です。それを考えれば私はかすっている程度です。

 ただ、入院中に「IgA腎症」という別の病気が見つかり、糸球体が炎症する原因は自己免疫だと判明しました。自らの免疫が自らの腎臓を攻撃していたのです。ネフローゼが治ってもIgA腎症は残ってしまうかもしれないとのことでした。この病気もまた、将来的には腎不全の危険が伴う難病指定の病気です。

 入院中にやることがないので、ネット検索や腎臓関係の書物を何冊も読み漁りました。結果、IgA腎症には「扁桃摘出ステロイドパルス」という治療法があることを知りました。当時は最新の治療法でしたし、もしかしたら過剰な治療だったかもしれません。でも自分の判断で手術を決意して、退院後にその治療を実践している先生に診てもらうため、すべてのカルテを持って仙台の病院まで行きました。

 扁桃摘出ステロイドパルスは、扁桃腺を取り除き、大量のステロイド投与を、期間を空けて2~3回繰り返す治療です。扁桃腺と腎臓にどんな関係があるかというと、喉に細菌やウイルスが付くと扁桃腺が炎症を起こしますよね? そこで抗体ができます。抗体ができると腎臓を攻撃してしまうのがIgA腎症です。つまり、扁桃腺が万病のもと。扁桃腺がなければ腎臓が炎症を起こすことは圧倒的に減るのです。

 結局、手術は仙台の先生から紹介された東京の病院で行い、今でもまだ3カ月に1回通院しています。血液と尿検査をしてタンパク量や血尿がないかなど、もろもろ調べています。

■仲良くなった患者の提案で医療小説を執筆

 おかげさまで異常はなく、腎臓の働きは現在60%ほど。もともと腎臓は年齢とともに働きが衰えていくものなので、それほど悪い数値ではありません。ただし、ネフローゼもIgA腎症も完治はしない病気なので再発の怖さはあります。これ以上、悪くならないよう経過観察していくだけです。

 ネフローゼ症候群が分かったときは、医師に「治らないかもしれない」と言われました。友人たちにも「不治の病か……」と心配されましたし、過去にテレビ番組を通して腎臓移植の大変さは取材していましたので、悪化したら大変だという意識はありました。でも、今は普通に生活しています。

 病気をしたことで良かったことは、病室で2人の人と仲良くなったこと。そのうちの1人が宇和島で腎臓移植を受けまして、彼の提案で小説をひとつ書きました。宇和島のその先生が行っている「病気腎移植」(悪いところを取り除いた腎臓を移植すること)が一部で批判されていた中、その是非を問うような医療小説です。

 だからといって病気で死生観が変わったり、執筆活動に変化はありませんでした。私は「生きることが小説だ」というタイプの人間ではないのでね(笑い)。

(聞き手=松永詠美子)

▽久間十義(ひさま・じゅうぎ)1953年、北海道生まれ。早稲田大学卒業後、学習塾を立ち上げ講師をしていたが、30歳で小説家に転身。1987年、豊田商事事件をモデルにした「マネーゲーム」で第24回文藝賞佳作となり、注目を浴びる。その後、「世紀末鯨鯢記」で第3回三島由紀夫賞受賞。TVドラマ化された「刑事たちの夏」をはじめ、「笑う執行人 女検事・秋月さやか」「限界病院」など多くの作品がある。

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