がんと向き合い生きていく

「全身がん」でも長生きする人がたくさんいるのはなぜか

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 先日、友人のRさん(64歳・男性)から電話がかかってきました。前立腺がんで全身骨転移があり、治療を受けています。

 Rさんによると、右大腿にチクチクした痛みが2日ほど続いた後、水疱が出てきたそうです。近所の皮膚科を受診したところ帯状疱疹と診断され、内服治療を行っているというのです。

 3カ月前、Rさんは全身骨転移を告げられて落ち込んでいる様子だったので、「前立腺がんの骨転移では、そう簡単には死なないから」と力づけたばかりでした。

「全身がん」を告白した著名人が、それでも元気で長く生きているのはどうしてだろう? と思われるかもしれません。全身がんと聞くと、肺にも肝臓にも転移しているとイメージしがちですが、長く生きておられる方の全身がんは「全身骨転移」で、他の臓器には転移していない場合が多いのです。

 もともとのがんは、男性なら前立腺がん、女性なら乳がんが多いといえます。これらのがんでは、全身骨に転移していても多くはホルモン治療が有効で、長期間にわたって治療が行われるため“元気で長く生きている”という印象を受けるのです。

 前立腺がんでは、心療内科医の石蔵文信さんが日刊ゲンダイ紙上でご自身のことをお話しされていました。

「死ぬときはがんが最適…医師の石蔵文信さん全身がんを語る」というタイトルの記事です。

「(前略)男性ホルモンを出さないような薬を毎朝飲み、月に1回は脳に作用する注射をします。これも男性ホルモンを出す命令を止める薬です。これらの治療がわりとうまくいって、がんが小さくなり、体調が改善してきたのでテニスやゴルフができているわけです。(中略)前立腺がんは骨がもろくならないタイプの転移をするんですよ。日に当たって運動すると骨が丈夫になるから、僕はがん治療をして調子がよくなってきてから趣味のテニスの回数を増やしたんです」

 がんが骨に転移した場合、骨が硬くなる造骨性病変としてみられることが多いのが前立腺がんです。ですから、石蔵さんが運動できているのはうなずけます。

■骨転移はすぐには命に関わらない場合が多い

 一方、乳がんや肺がんなどの骨転移では、骨を溶かして弱くする溶骨性病変となることが多く、病的骨折が起こりやすくなります。痛みや脊髄圧迫などを起こす可能性があるので、状況によって整形外科的治療、緩和放射線治療が行われます。また、病的骨折や痛みを抑えるために、薬物治療(ビスフォスフォネート製剤、RANKL阻害剤)や放射線療法の効果があることも明らかになっています。

 乳がんだった女優の樹木希林さんは、62歳で右乳房全摘術を受け、70歳で全身がんを告白し、その後も映画などで活躍され75歳で亡くなられました。樹木さんが69歳の時、医師・作家の鎌田實さんとの対談で、「がんがなかったら、私自身がつまらなく生きて、つまらなく死んでいったでしょう。そこそこの人生で終わった」と語っています。つまり、全身がんとはいっても、全身骨に転移しても、すぐには命に関わらないことが多いのです。

 全身骨転移でも長く生きられる。それだけ、その後の人生でいろいろな何かがあり、苦労することもある。Rさんのように帯状疱疹になった方もいる。それでも、うれしい、楽しいこともあるのです。Rさんのお孫さんは小学校に入学するのが来年の春だそうです。「もう青いランドセルを買った」と、自慢の孫の動画が私に送られてきました。Rさんの帯状疱疹は幸い痛みを残すことなく良くなって、いまは元気なようです。

 最近、50歳以上の方は帯状疱疹の予防に新しいタイプのワクチンが使えるようになりました。帯状疱疹は、50歳以上では80歳までに3人に1人が発症するといわれています。自治体によっては予防接種費用の助成を行っている所もあります。

 樹木さんは2012年のインタビューでこんな言葉を残しています。

「人間はあした地球が滅ぶと分かっていても、きょうリンゴの木を植えなきゃならないものなのよ。そういうふうに考えて生きていきましょうよ」

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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