上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓にトラブルを抱えている人にサウナはおすすめできない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回まで、入浴と心臓の関係についてお話ししてきました。降圧剤を飲んでいる人、“隠れ弁膜症”の高齢者、貧血がある人はヒートショックに注意が必要です。ただ、入浴は心臓にとってプラスに作用するので、入浴をうまく利用することが大切です。前回お話ししたリラックス効果だけでなく、適切な入浴は、動脈や静脈といった全身の血管が拡張し、少ない力で多くの血液を循環させることができるので、心臓にかかる負担が軽減されます。

 ただ、そうしたプラス効果を享受するためには、「ガマンをしない」ことが鉄則になります。たとえば、42度以上の熱い湯に30分近くつかっている人もいますが、この場合、ほとんどの人はお湯の熱さや時間の長さに苦痛を感じるはずです。42度以上のお湯に10分以上つかっていると、高温により一気に交感神経が緊張して心臓への負担を増し、体が湯温になれてくると今度は逆にリラックスするための副交感神経にスイッチが入ります。心拍数と血圧の急上昇から急降下が起こることで、心臓自体にダメージを与えます。つまり、「ガマン」は、「体が危ない」というサインといえるのです。人によって、熱さや長さに対する感じ方は違います。ですから、「ガマンしなくてもいいかどうか」が、その人にとって適切な入浴を判断する目安と考えていいでしょう。

 ほかにも、心臓に負担をかけないためには「肩までお湯につからず、胸より下までにする」といわれています。これは、重度の心臓疾患を抱えている人や、血圧がうまくコントロールできていない人は意識したほうがいいといえます。ただ、一般の健康な人は、肩までつかっても「ガマン」の感情が生じないようであれば、そこまで気にする必要はありません。

■BNP値を確認

 また、心臓を治療中の患者さんから「サウナに入ってもいいでしょうか?」という質問をされるケースがよくあります。こちらは、心臓にトラブルがある人にはおすすめできません。一般的なサウナの室内温度は80~100度程度といわれていますから、どうしても「ガマン」を強いられ、心臓にかかる負担が大きいからです。

 それでもサウナに入りたいという人には、血液検査の項目のひとつである「BNP」という数値を目安にします。心臓にどれだけ負担がかかっているかが大まかにわかる指標で、「40pg/ミリリットル未満」が正常の範囲内とされています。100以上だと心不全の可能性があり、200以上になるとその可能性が高くなります。

 このBNPが「150以内」でなければ、心臓トラブルなくサウナに入るのは厳しいと考えてください。発作を起こして倒れてしまうリスクが高いといえます。BNPは400以上になるとさまざまな生活制限を受けます。仮にそうした人がサウナに入れば、それだけで“赤信号”です。

 サウナといえば、「和温療法」という治療法があります。鹿児島大学医学部元教授で和温療法研究所所長の鄭忠和先生が、重症心不全の新しい治療法として確立したもので、保険適用にもなっています。たしかに、サウナを利用するのですが、こちらの室温は60度と低く設定されています。治療は、その低温サウナで全身を15分間温め、サウナを出てからさらに安楽イスなどに座った状態で毛布などを覆って30分間保温し、最後に発汗量に見合った水分を補給するというものです。

 体を温めることで全身の血管が拡張し、血液循環が促進されて心臓の負担が減り、心不全や狭心症の治療に使われる血管拡張剤と同じような効果が見込めるといわれています。冒頭でお話しした適切な入浴の効果と似たようなところがありますが、いずれも「低温」で、ガマンの必要がないところがポイントといえるでしょう。

 最後に、心臓手術後の入浴についてお話しします。手術後は心臓への負担、傷の回復や合併症を予防するといった観点から入浴制限を受けます。術後1カ月はシャワーだけにとどめるように指導されるケースもあるようです。

 ただ、最近はできる限り傷を小さくして体への負担が少ない低侵襲な手術が増えていて、術後に入浴をはじめとした生活制限を受ける期間がどんどん短くなっています。過去に心臓手術を受けたことがある人が、低侵襲な再手術を受けた場合、以前と同じような感覚のまま自己判断で生活制限をしていると、過剰になってむしろ社会復帰が遅れてしまうケースも考えられます。

 受けた手術や医療機関によって目安は異なるので、担当医から術後の入浴に関する説明がない場合は、必ず確認しておきましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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