上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

冬のトイレは血圧を急激に変動させる条件が揃っている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 寒い冬はトイレに用心してください。温度など環境の変化によって血圧が急激に上下動することで「ヒートショック」を起こし、心筋梗塞、大動脈解離、不整脈、脳卒中といった心臓血管疾患を引き起こす危険があります。心臓にトラブルを抱えている人、高血圧の人、加齢で心機能が低下している高齢者はなおさらです。

 トイレはただでさえ血圧の変動が起こりやすい環境といえます。排便の際に軽くいきんだだけで、最大血圧が60~70㎜Hg以上アップするというデータがあります。また、和式でも洋式でも排便時に前かがみにしゃがみ込む姿勢は、心臓が圧迫されるうえに呼吸もしづらくなって、血圧の変化が強く表れます。「心臓病の患者がいちばんやってはいけない姿勢」といわれているほどですから、トイレでは想像以上に心臓に大きな負担がかかるのです。

 気温が低い冬は、さらにリスクがアップします。普段過ごしている部屋の室温に比べ、トイレの気温が低い場合が多いので、より血圧が急激に上下動しやすい環境だからです。朝起きて、布団から出てすぐにトイレに入り、用を足す……多くの人はこのような習慣があるのではないでしょうか。温かい布団の中では血管が拡張して下がっていた血圧は、気温が低いトイレでは血管が収縮して上昇します。また、尿をガマンしている状態では血圧は上がっていて、一気に排尿すると急激に下がります。

 さらに、洋式の便座のヒーターが切れていて、座った瞬間にあまりの冷たさにヒヤッとした経験がある人も多いはずです。その寒冷刺激も血圧を大きく変動させるので、心臓トラブルを起こすトリガーになる可能性もあります。

 トイレでのストレスも、心臓には悪影響を与えます。われわれはストレスを受けると交感神経が優位になり、神経伝達物質のアドレナリンが大量に分泌されます。アドレナリンは心拍数を増加させたり、血流を増やして血管を収縮させるため、血圧が上昇します。それだけ、心臓の負担が大きくなります。

 いまは洋式が当たり前の環境になりましたが、和式が主流だった時代は、トイレで心臓トラブルを起こすケースがよくありました。和式の場合、より深く前かがみにしゃがみ込んだり、いきみが大きくなるといったことも一因ですが、深くしゃがむ排便姿勢は足腰が疲れて長時間座っていられないので、早く排便を済ませなければ……といった焦りが生じ、大きなストレスを感じるのも要因といえます。

 洋式では、便座に座った状態で本を読んだりスマホを見たり、“ながらトイレ”をすることができますが、姿勢を長時間キープするのがきつい和式では、そう簡単にはできません。それだけ精神的にも余裕がない状態なので、やはりストレスが大きくなります。

■洋式になって心身の負担は減ったが…

 正確なデータがあるわけではないですが、洋式が一般的になって“トイレ習慣”が変化したことで、トイレでの心臓トラブルは大きく減ったのではないかと推察します。ただ、いまも古い平屋の一軒家などでは和式のところもありますし、地方ではトイレが母屋とは別の「離れ」に設置されているケースも残っています。離れにあるトイレは、さらに室温が低くなっている場合が多いので、より血圧変動に気を付ける必要があります。

 このように、現在われわれが当たり前のように順応している洋式トイレの環境とは、異なるトイレを使っている人、あるいは地方や海外で使う機会がある人は、トイレで心臓トラブルを起こす予備群といっていいでしょう。

 心臓に問題がない健康な人であれば、そこまで気にする必要はありませんが、心臓の治療をしていたり、高血圧や糖尿病などの生活習慣病があったり、高齢者は注意する必要があります。トイレという場所は、「準備をしてから入る」ということがなかなかできないところです。トイレ内の温度が上がるまで待ってから用を足す、といった行動ができる人はほとんどいないでしょう。

 そこで、まずは「トイレは血圧の上下動が起こりやすい」ことをしっかり意識し、なるべく血圧を急激に変動させないように心がけることが大切です。朝、起きてトイレに行くときは、上着を1枚でも羽織るようにしたり、一気に排尿したり、大きくいきんだりしないようにする。また、トイレの壁に「便座の温度に注意!」といった張り紙をしておくことも、精神的な準備ができる点からも効果的です。

 トイレは毎日欠かせない習慣ですから、心身の負担をできるだけ少なくする環境を整えることが心臓を守ることにつながります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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