Dr.中川 がんサバイバーの知恵

瀬戸内寂聴さんが生前に断言していた がん患者のリハビリの大切さ

常に前向きだった瀬戸内寂聴さん
常に前向きだった瀬戸内寂聴さん(C)日刊ゲンダイ

 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが99年の生涯を終え、続報が相次いでいます。その中に気になる記事がありました。月刊「文藝春秋」が2015年3月号に掲載したインタビュー記事で、92歳で胆のうがんを患ったときのいきさつがつづられています。

 胆のうがんは、脊椎の圧迫骨折で入院していたときの検査で発覚。骨折の治療に続いて、がんも腹腔鏡下手術で摘出したそうです。麻酔で遠のく意識を「ああ、これが無か」と思い、「これが無なら、死とはなんて甘美なものだろう」と表現したのは寂聴さんならではでしょう。

 無の境地の最中で切除された胆のうを目にして、また一言。その鮮やかさに「焼いて食べたら美味しそう」と語ったそうです。

 私が伝えたいのは、波瀾万丈の人生から導かれた言葉ではなく、その先です。手術前の自宅療養から数えて4カ月ほど寝たきりで、術後1週間で退院したときは体重が8キロ減り、一人では歩くこともできなかったそうです。ベッドで1分間も座っていられず、食事も横になったままだったといいます。

 このように筋力や身体機能が低下している状態は、サルコペニアと呼ばれ、寝たきりや術後は要注意。高齢者はなおさらです。そこにがんが重なると、二重苦、三重苦になります。

 がん細胞は、全身の脂肪や筋肉を分解し、糖を取り込んで増殖。これによって引き起こされる栄養障害ががん悪液質で、がん患者が痩せるゆえんです。術後の寝たきりで筋力が低下した上、がん悪液質のダブルパンチでは、少し動いただけで多くのエネルギーが消費されて疲れやすく、疲れやすいから動かない。動かないから、余計に体力が低下するという悪循環に陥るのです。

 この負の連鎖を断ち切るには、運動によるリハビリと十分な栄養管理が必要不可欠。その点でも寂聴さんはすばらしかったと思います。

 文春の記事によると、退院後すぐにリハビリを開始。療法士の指導で毎日1時間、足の指を動かすなど簡単なことから始め、足に風船を挟むなど少しずつ筋力をつけたそうです。術後4カ月後の検査は、自分でタクシーに乗って行けたほど回復したといいます。

「リハビリは決して裏切らない」

 寂聴さんは、そう断言します。高齢社会の今、高齢でがんの治療を始めることが珍しくありません。寂聴さんの前向きさは、頭に入れておくべきでしょう。

 がんの治療は、手術のほか放射線と化学療法もあります。放射線と化学療法なら、治療中からリハビリをする方がより効果的です。理想は、週150分以上の中等度の有酸素運動と1日おきの筋肉トレーニングですが、メニューは療法士やリハビリのスタッフが組んでくれるので、とにかく継続すること。がん患者は「体を休める」から「体を動かす、鍛える」時代なのです。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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