上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

病気を見つけるためにトイレの自動洗浄機能はオフにしておく

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 冬のトイレは血圧が急激に上下動する条件が揃っている。前回、そうお話ししました。トイレ内外の温度差、いきみ、前かがみにしゃがみ込む姿勢、ストレスなどがそれに当たり、心臓にトラブルを抱えている人、高血圧の人、加齢で心機能が低下している高齢者、不十分な暖房による低体温で末梢循環を悪くしている独居者などは、十分に注意する必要があります。

 和式から洋式が一般的になったことで心身の負担が軽減し、心臓トラブルを引き起こす要因も少なくなったことにも触れましたが、洋式では逆に自身の健康管理のための機会を逃してしまっているケースがあります。

 近年、洋式の便器は「自動洗浄機能」が付いたタイプが増えています。用を足した後、自動で水が流れるシステムで、洗浄レバーを操作するひと手間を省略し、流し忘れの心配もない便利な機能です。

 ただ、使用者の意思に関係なく流れてしまうため、自分の便や尿を確認することができなくなってしまうのです。

 便や尿の性状は、自身の健康に関するとても重要なバロメーターになります。自分が食べたり飲んだりしたものに対し、排出されたものはどんな状態なのか……便や尿の色、形状、においなどは、いまの自身の健康状態を反映していますし、病気の早期発見にもつながります。

 例えば、膀胱がんの場合、血尿が出ているのを自分で確認したことで発覚するケースは少なくないですし、血便が1週間に2回ほどあったからと受診したところ、早期の大腸がんが見つかった人もいます。とりわけ、心臓治療や脳梗塞予防のために血液をサラサラにする抗凝固薬を飲んでいる人は、消化器系のがんなどでは早い段階で血尿や血便が現れます。

 このように、毎日定期的に自分で行うことができる“早期診断”のチャンスを逃さないためにも、トイレの自動洗浄機能は「オフ」にしておくことをおすすめします。

■水分摂取を控えるのはNG

 トイレといえば、就寝中に何度も目覚めたり、出先でトイレが近くなるのが嫌だからと、水分の摂取を控える人がいます。高齢者ではなおさら多く見られます。しかし、これは心臓にとって極めて良くない習慣です。

 心臓は脱水にめっぽう弱い臓器です。脱水の傾向が強くなると血液の量が減って、粘度も上がります。少なくなったうえに流れにくい血液を体全体に送らなければならない心臓は、心拍数を増やします。それだけ負担が増大するのです。血栓もできやすくなって、心筋梗塞や心不全といった心臓病を引き起こしやすくなります。また脱水になると、心臓病を抱えている患者さんは心房細動を発症しやすくなりますし、脱水をきっかけに、大動脈弁狭窄症の症状が強く出て、意識を失ってしまう人もいます。

 冬のトイレは血圧を急激に上下動させるリスクがあるからと、水分摂取を控えてトイレの回数を減らそうと考えるのは、逆にマイナスに働きます。冬は、エアコン、ストーブ、ホットカーペット、コタツといった暖房器具を長時間つけっ放しにしていることも多いため、乾燥して余計に脱水傾向が強まります。意識してこまめな水分摂取を心がけるのが望ましいのですが、それだと頻尿に悩まされるという場合、泌尿器科を受診することも考えてみましょう。

 排泄はわれわれにとって欠かせない行為です。「寝る」「食べる」「排泄する」の3つは、意識がある間は必ず付いて回ります。ですから、たとえば手術を受けてこれらが制限された状態から、自力でできるようになると、患者さんは「回復した」と強く実感します。

 また排泄は、入院時に尿道カテーテルやおむつなどで人工的に“作っている”時間が長くなればなるほど、患者さんが日常生活に戻るまでの期間を長くしてしまいます。いわゆる「廃用症候群」と呼ばれる状態を招いてしまうのです。そのため、入院患者さんに尿道カテーテルやおむつなどを実施している場合は、できるだけ早期に離脱できるように管理しています。排泄に関して「自律した」という実感が、体の回復にとって重要なのです。

 患者さんにとっては、自力で排泄をコントロールできるという状態が、最もストレスが少ないといえます。その状態を少しでも早く取り戻してもらうため、医療者側は力を注ぐ必要があります。どうしても排泄を人工的に作らなければならない状況でないのであれば、患者さんが苦痛を感じないレベルでの訓練やリハビリなど、患者さんと一緒に少しでも早く人工的な排泄から離脱する作業を行うことが大切です。

 これまでお話ししてきたように、トイレ=排泄はわれわれの健康に広く深く関係しています。健康寿命を延ばして人生を謳歌するためにも、冬のトイレには注意を払いましょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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