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「中皮腫」の治療は免疫チェックポイント阻害薬が活躍する時代へ

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 運送業をしているBさん(58歳・男性)は、健康診断の胸部X線検査で「肺が少しスリガラス様に曇っている」と指摘され、来院されました。胸部CT検査を行ったところ、胸膜が肥厚し、一部は小さな腫瘤様に見え、胸水はありません。「中皮腫疑い」という診断でした。

 中皮腫の原因として、アスベスト(石綿)が関係していることが知られていますが、Bさんの話では建物の解体工事に携わったことはなく、アスベスト粉塵については確かな情報は得られませんでした。結局、呼吸器専門医が経過を見ることになり、胸腔鏡下生検は行われずに経過観察中のようです。

 中皮腫は、中皮細胞から発生する悪性の腫瘍で、11月4日に亡くなった小室眞子さんの祖父・川嶋辰彦さんの死因と公表されています。中皮腫では、年間約1500人が亡くなり、うち約80%は男性、また約80%が65歳以上です。

 先ほど触れたように、中皮腫の多くはアスベストの吸引により発生します。アスベスト鉱山の労働者や周辺住民に多く、衣服についたアスベストでも発生します。暴露した量と時間に比例して増え、暴露から発症までは20~50年といわれています。日本のアスベスト輸入量のピークは1970年代半ばでした。ただ、アスベスト暴露履歴のない方の中皮腫も存在し、この場合は別の原因によると思われます。

 中皮腫の多くは壁側胸膜に顆粒状腫瘤で発症し、臓側胸膜へ進み、さらにすべての胸膜面に進展します。肺、内胸筋膜、縦郭脂肪組織、横隔膜筋層にも及ぶ場合があります。胸に水がたまる胸水貯留によって発見されることが多く、CTなどの画像で胸膜の肥厚や腫瘤が確認され、見つかる場合もあります。

 治療は、進行に応じて手術、放射線治療、薬物療法が行われます。

 手術は胸膜・肺・横隔膜・心膜を一塊で切除する「胸膜肺全摘術」と、すべての壁側胸膜と臓側胸膜を剥がして肺を温存する「胸膜切除/肺剥皮術」があります。前者は手術後のQOL(生活の質)低下、手術関連死が問題となり、後者は緩和的手術ではあるもののQOLの維持や手術関連死が少ないことから選択肢のひとつになります。

 放射線治療は根治的には適応が少なく、疼痛緩和などの目的で用いられます。手術不能の場合は、内科的に胸水貯留に対して「胸膜癒着術」を行い、QOLの維持に努めます。

■従来の抗がん剤より生存期間が改善

 薬物療法は長年、抗がん剤の「シスプラチン」と「ペメトレキセド」の併用が初回治療の選択肢とされてきました。それが最近、免疫チェックポイント阻害薬「ニボルマブ」と「イピリムマブ」の併用療法を、従来の抗がん剤併用療法と比較した第3相試験で全生存期間の改善を示し、期待されています。

 リンパ球のT細胞にはがん細胞を排除する働きがあり、これにブレーキをかける分子を「免疫チェックポイント」と呼びます。T細胞の表面には「異物を攻撃するな」という信号を受けるアンテナがあります。一方、がん細胞にもアンテナがあり、T細胞のアンテナに結合して「異物を攻撃するな」という信号を送ります。するとT細胞にブレーキがかかり、がん細胞は排除されなくなってしまいます。免疫チェックポイント阻害薬は、T細胞やがん細胞のアンテナに作用して、免疫にブレーキがかかるのを防ぐのです。

 つまり、免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞によって抑えられていた免疫機能を再び活性化させる、あるいは免疫ががん細胞を攻撃する力を保つ薬です。そのため、これまでとは異なる副作用が起こる可能性があり注意が必要です。

 免疫チェックポイント阻害薬には現在3つのタイプがあります。「抗PD-1抗体」「抗CTLA-4抗体」「抗PDL-1抗体」です。ニボルマブは「抗PD-1抗体」、イピリムマブは「抗CTLA-4抗体」に該当します。この2つの薬剤の併用が中皮腫に有効であることが示されたのです。

 この併用療法は、すでに悪性黒色腫、腎細胞がん、MSH-high(高頻度マイクロサテライト不安定性)を有する大腸がんなどで保険承認されています。がんの薬物療法は抗がん薬から分子標的薬、そして免疫チェックポイント阻害薬が活躍する“免疫治療の時代”に入ってきたといえます。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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