画像診断の進歩もあって、「肉腫」の患者さんの手術対応が増えていると前回お話ししました。
悪性腫瘍である肉腫はいわば心臓にできるがんで、生命予後が悪い病気です。それが、進化した心臓エコーなどの画像診断により、状態が悪化して移動が制限される前の段階で遠方の患者さんでも高度医療機関を受診できるようになり、国立がん研究センターなどのがん専門病院からの紹介で、当院を訪れる肉腫の患者さんが増えました。抗がん剤治療を行う前、あるいは行った後、腫瘍を取り除く手術を実施するためです。
紹介されて来る患者さんは、比較的若い30代の女性が多い印象です。働き盛りの年代ですから、できる限り予後を良くしなければなりません。そのために何よりも重要なのが、「中途半端な治療はしない」ということです。心臓やその周辺にできている腫瘍は、手術ですべて取り切る必要があるのです。
肉腫は、左右の心房、大動脈や肺動脈といった血管など心臓のさまざまな場所に発生します。腫瘍が弁に食い込んでいるケースもあります。切除するために開胸したものの、すべて取り切れないからといって腫瘍をどこかに残したまま撤退すると、アッという間に再発してしまいます。以前、手術を終えた直後の入院中に再発した患者さんを目にしたこともあります。ですから、腫瘍は絶対にすべて取り切ることが重要で、これまでもずっとそれを目指して肉腫の手術を行ってきました。
腫瘍をすべて取り切るには、多くの場合、一部の動脈はつなげたまま心臓全体をいったん体外に取り出し、心筋の保護を行いながら心臓のパーツをいったんバラします。血管に腫瘍がある場合は、その血管をすべて切除して人工血管で作り直します。4本ある肺静脈をすべて付け根まで切除して、人工血管で再建したケースもありました。腫瘍が弁に食い込んでいる患者さんに対し、切除して人工弁に置換することもあります。
■人工心膜で心房を作り直すケースも
腫瘍が心房にできている場合も、該当する心房をすべて切除していきます。左右の心房をほとんど切除し、左右の心室と弁だけしか残せなかったケースもありました。なくなってしまった心房は、牛の心膜から作られたパッチを使って作り直します。牛心膜は1枚の膜ですから、それを小さな風船のような袋状につなぎ合わせ、容量を確認しながら立体的に再建するのです。
その際、心房につながっている僧帽弁や三尖弁、冠動脈を傷つけてしまうと不具合が起こります。また、血管をつなぐ順番を間違えたり、つないだ部分にねじれができてしまうと、これもトラブルのもとになるため細心の注意が必要です。再建のために人工材料を使っていることもあり、心臓になんらかの不具合が生じると、術後の抗がん剤治療のマイナスになるケースもあります。そのため、腫瘍ができている患部以外にはできる限り触れないことが肝心です。
技術的なハードルが高いうえ、そうした処置の経験がないため、そこまで行う医療機関はほとんどありません。しかし、私は30年以上前から肉腫の手術経験を重ねてきているので、「腫瘍をすべて取り切ってほしい」と希望する患者さんが紹介されて来るのでしょう。
中には、中途半端な処置によって腫瘍が残り、再発した患者さんが当院にやって来ることもあります。進行を考えると時間的な猶予がなく、前回の手術から2カ月ほどしかたっていない段階で再手術を行った患者さんもいます。手術から日が浅いため切除した部分の癒着がひどく、かなり厄介な状態でしたが、それでも腫瘍はすべて取り切りました。残せば“先”はないのです。
ただ、手術で肉腫を取り切ったとしても、それで安心できるわけではないのが実情です。前回もお話ししたように肺などへの転移も多く、術後に実施する抗がん剤治療がどこまで奏功するかにかかっています。また、腫瘍を取り切ったと思っても、「断端陽性」が認められるケースもあります。肉眼ではわからない腫瘍が血管や弁などの組織に侵食している場合があるのです。ですから肉腫の手術は、まずは心臓突然死を防ぎ、その後の抗がん剤治療をスムーズに行えるようにするための治療といえます。
こうした肉腫に対する手術を何人も実施し、患者さんはみな元気に退院して、がん専門病院に戻っていきます。しかし、患者さんがその後、どんな経過をたどったのかについてはわからないケースがほとんどです。それ以上、外科的な介入はできないため、詳しい報告が来ないのです。心臓血管外科医として、それがジレンマであるのも事実です。