がんと向き合い生きていく

ジャングルでの孤独な潜伏生活を支えた素朴な宗教心とは

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 病理解剖は解剖台のご遺体に一礼して始まります。がんの病巣を探り出し、最後はご遺体を縫って、一礼して終わります。この時、“宗教”が頭に浮かぶことはほとんどありません。「ご苦労さま」と話しかけると、ご遺体が「はい」と返事をしてくださっているような、そんな感じでおりました。

 随分前のある時、わが家には神棚や仏壇がないことに気づき、小さな仏壇を購入しました。そして、ご先祖さまと先に亡くなった姪の写真を置きました。いつも、新たに炊いたご飯を供え、水を取り換え、ろうそくをともし、線香をたきます。その程度の私です。

 人は、信仰がなくとも、いざとなれば「神様! 仏様!」と叫ぶのではないでしょうか。自分のこと、肉親のこと、知らない人のことでも、命に関わりそうな出来事に遭遇すると、そう叫びます。われわれは、それがあって生きていけるのではないか。そのようにも思うのです。たとえ特別な信仰心を持っていたとしても、横井さんは戦争が終わったことを知らずに過ごしたジャングルで、何回も「お母さん」と、あるいは肉親の名を、そして「神様! 仏様!」と叫ぶことがあったのではないかと思いました。

「宗教心」のことで、そんな勝手な想像をしました。横井さん、ごめんなさい。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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