上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

認知症予防の可能性が報告された「バイアグラ」使ってはいけない人

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 バイアグラが認知症を予防する--。こんな研究結果が報告されました。世界初のED治療薬として知られるバイアグラの有効成分である「シルデナフィル」を服用している人は、アルツハイマー型認知症の発症が少ないことがわかったというのです。

 2021年12月、老化をテーマにするオンライン学術誌「Nature Aging」に掲載された米クリーブランド・クリニックの研究者による論文では、米国人732万人の医療費請求データを用いて、シルデナフィルの服用者と非服用者ではアルツハイマーの発症リスクに差があるのかどうかを6年間追跡した結果、服用者は非服用者に比べて発症が69%少ないことが明らかになりました。

 シルデナフィルは、ホスホジエステラーゼ-5(PDE5)阻害薬と呼ばれる薬のひとつで、血管平滑筋の弛緩などに関わる酵素(PDE5)の働きを阻害し、血管を広げて血流を改善する作用があります。アルツハイマー患者由来の脳細胞を使った実験を行った研究者は、「シルデナフィルが脳にも存在するPDE5の働きを阻害することで、アルツハイマーで見られる脳への異常なタンパク質の蓄積を抑制し、脳細胞の成長を促すように働く可能性がある」としています。

 もちろん、今後計画されている臨床試験の結果をしっかり精査する必要がありますが、バイアグラが認知症予防の薬として使われる日が来るかもしれません。

 バイアグラは、もともとは狭心症の治療薬として研究・開発されていた薬です。ただ、臨床試験では狭心症に対してそれほど効果が認められず、中止となりました。しかし、その副次効果としてペニスに流れ込む血流を増やす効果が認められたため、ED治療薬として応用された経緯があります。

 こうしたことからもわかるように、バイアグラ=シルデナフィルには血流を改善する作用があるため、心不全の原因にもなる肺動脈性肺高血圧症の治療薬(商品名:レバチオ)としても使われています。また、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究では、慢性の虚血性心疾患がある男性がバイアグラを服用していると、死亡や心筋梗塞のリスクが低下する可能性が報告されています。バイアグラといえばEDというイメージはすでに変わりつつあるといえるでしょう。

■ニトログリセリンを使っている人は厳禁

 とはいえ、心臓疾患がある人の一部では、バイアグラの服用は危険です。狭心症の発作に対して多用されている「ニトログリセリン(硝酸薬)」を使っている場合、併用すると命に関わる可能性があるのです。

 ニトログリセリンには冠動脈をはじめ全身の血管を強力に拡張させる作用があり、狭心症の症状を改善させます。発作があったときは、舌の下に薬を置くとすぐに粘膜から吸収され、痛みが治まります。先ほどもお話ししたように、バイアグラも血管を広げるため、両者を併用するとニトログリセリンの血管拡張作用が増強され、血圧が下がりすぎてしまうのです。ショックを起こせば、そのまま死に至る危険があります。

 バイアグラを服用した後に狭心症の発作が起こった場合、ニトログリセリンは使えません。ですから、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患を抱えていて、ニトログリセリンを使っている人にとって、バイアグラは危険な薬といえます。

 ただし、虚血性心疾患の患者さんでも、冠動脈バイパス手術やステント治療といった根本的な治療がしっかり行われていれば、ニトログリセリンのお世話になるケースはほぼありません。ニトログリセリンが使われるのは、中途半端な薬物治療をずっと続けているような場合です。つまり、虚血性心疾患の患者さんでも、適切な根本治療を行えば、バイアグラのプラス効果を享受することができるといえます。

 ほかに、バイアグラの使用に注意すべきなのは、「ヒートショック」を起こしやすい素因がある人です。ヒートショックは、急激な温度変化によって大幅な血圧の上下動が起こり、心筋梗塞、大動脈解離、不整脈、脳卒中といった命に関わる疾患を引き起こす現象です。

 高血圧で降圧剤を服用していても血圧のコントロールがうまくいかずに薬を何種類も飲んでいる人、慢性的に貧血がある人はヒートショックを起こすリスクが高いといえます。そうした人がバイアグラを服用すると、これも急激に血圧が下がりすぎてしまう危険があるのです。

 薬の作用によって全身の血管、動脈も静脈も広がって急激な血圧低下が起こった場合、大量に点滴をする以外、血圧を元に戻す方法はありません。医療機関でなければ対応できないので、該当する人がバイアグラを使うのは死の谷に飛び込むようなものだと思ってください。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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