津波も引き起こす「空振」が健康被害をもたらすことはないのか

海底火山の噴火で被害を受けたトンガのノムカ島
海底火山の噴火で被害を受けたトンガのノムカ島(ニュージーランド軍提供、UPI=共同)

 南太平洋のトンガ諸島で15日に海底火山の大規模噴火が起きた。

 噴煙は高度3万メートルに及び、半径260キロに広がった。火山から約60キロ離れたトンガの首都ヌクアロファでは火山灰が降り積もり、沿岸部の商店などが浸水する被害が起きた。トンガでは大規模な停電が発生、海底ケーブルの損傷により通信障害も起きている。

 その爆音は南太平洋全域に及び、トンガから800キロ離れたフィジーの首都スバでは噴火の音が「大きな雷鳴のような音」がしたという。

 この噴火でトンガに15メートル以上の津波が押し寄せたほか、米国などでも潮位の変化が観測された。日本でも鹿児島県奄美大島の小湊で1.2メートル、岩手県の久慈港で1.1メートルなどの津波を観測した。

 火山の専門家によると、「空振」と呼ばれる噴火に伴う空気の振動も津波の発生の原因となっているという。京都大学・火山活動研究センター・井口正人教授が言う。

「火山が噴火すると、火口から衝撃波が発生し、周囲の空気中を伝わって行きます。その速度はとても速く桜島の噴火でもマッハ1.0以上は普通にみられます。しかし火口から離れるに従いその衝撃波は急減し、音波に変化します。火山学では、これら空気中を伝わる圧力波のことを空振(空気振動)と呼びます。
通常、空振は短時間で収束するのですが、今回は爆発が大きく広範囲であったことからゆっくりと長く伝わりました。空振の進む方向では圧力が高まり、海面は大気によって押し下げられ、空振が通過した後は元に戻ろうとして海面が上昇します。そのため、今回は通常の噴火では見られない津波が形成されたのだと考えられます」

■日本では窓ガラスや扉を外した例も

 空振とはあまり聞きなれない言葉だが、空振により建物の窓ガラスが割れることもある。実際、2011年に起きた宮崎、鹿児島県境にある霧島山・新燃岳(しんもえだけ・1421メートル)の4回目の噴火では、霧島市の病院では1階病室の窓ガラス数枚が割れ、入院中の90代女性患者が顔を切り軽いけが。市内の小中学校3校でガラスが割れ、別の小学校では教室の扉が外れるなどの被害が出た。また霧島市内では市の総合支所や民家や宿泊施設など35軒でガラスが割れたという。

 このときの噴火では火口から南西3キロに設置された空振計が458パスカルを観測、体で感じることのできる震動「体感空振」も確認された。

 ちなみに100パスカル以上の空振で窓ガラスが割れるなどの被害が出る恐れがあるとされる。

 そこで気になるのは津波を起こさせるほどの空気の振動が人間の体に異常をもたらせることはないかだ。

「日本においてはまず考えられません。噴火から8000キロ離れた日本では20~30分の間に200パスカルの気圧が観測されています。この程度のゆっくりした変化はほとんどの人が気がつきません。体の異常が出ることはないと考えられます」(前出の井口教授)

 実際、今回の噴火に伴う空振によるとみられる顕著な気圧変化は、民間気象会社「ウェザーニュース社」が全国3000カ所に設置している独自の観測機「ソラテナ」でも観測されていた。

 それによると15日(土)20時台から21時台にかけて、関東や伊豆諸島など日本列島の南東側から同心円状に気圧の急上昇を示す赤色のマーカーが通過し、その後すぐに気圧の急降下を示す青色のマーカーが通過。気圧変化の幅はおおむね200パスカル程度と、低気圧や高気圧のような大きな変化ではなかったという。

 よく、低気圧がくると頭痛がする、関節痛が起こるという人がいるが、200パスカル程度気圧が上がり、その後元に戻ったとしてもそれで体調が悪くなるということはないだろう。

 では、噴火のそばにいたらどうだろう? 影響はないのだろうか?

「可能性としてゼロではないでしょうが、過去に噴火による空振で骨折した、内臓が破裂した、との報告はありません。そもそも空振で窓ガラスが割れるのは室内と室外の気圧差が大きくなるからで、人間には口や鼻などさまざまな腔があるし、密閉状態になりにくいからではないでしょうか」(前出の井口教授)

 事実、御岳山が噴火した際に被災して亡くなった人の中にも内臓損傷等は報じられていない。

 弘邦医院(東京・葛西)の林雅之院長が言う。

「空気の振動の被害というと騒音をイメージされる方がおられますが、これは継続して長時間浴びたときの被害で噴火による空振とは異なります。また、爆発物が近くで破裂したときに超音速の爆風がガスの充満した腔を圧迫し、腔がその後急速に膨張して剪断力および引裂力を発生させ、それにより組織が損傷して臓器が穿孔することはあります。しかし、噴火に伴う空振でこうしたことが起こるとすると、よほど噴火口の近くでなければ起こらないでしょうし、そうなるほど噴火口近くにいれば別の要因で亡くなっていて、遺体も見つからないのではないでしょうか」

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