独白 愉快な“病人”たち

園子温監督が心筋梗塞を振り返る「もう少し病院が遠かったら死んでいたかも…」

園子温監督
園子温監督(提供写真)
園子温さん(映画監督/60歳)

 病院に運ばれて間もなく、心肺停止したらしいです。後から聞いた話では1分間ぐらい死んでいたみたい。たぶんその時だと思うけど、黄泉の国っていうのかな、ものすごくきれいな星空のような中にいて、最高に気持ちいい体験をしました。もう少し病院が遠かったら、あのまま死んでいたかもしれません。

 2019年2月、「園子温監督、心筋梗塞で救急搬送!」とネットニュースになりました。その1年ぐらい前から、お酒を飲み過ぎたり、思い切り走ったりすると呼吸が苦しくなって、動悸が激しくなる症状がありました。でも水を飲むと10分ぐらいで治るので、「ただの不摂生だ。大したことはない」と思っていたのです。

 あの日は、子供が生まれて2日後でした。妻はまだ入院中で家に1人だったので、暇過ぎて友人と居酒屋へ行ったんです。深夜3時ぐらいまで飲んで帰宅し、起きたらもう夕方。

 どうしても送らなければいけない荷物があったので、小包にして郵便局まで走りました。

 道中は上り坂です。さすがに途中で休もうと思っていたら、そういう時に限ってくるんですね“死の使い”が……。ものすごく足の速いお婆さんが気持ちよく僕を追い越していくのです。なんだか悔しくて「負けてたまるか」という気持ちになって、そのお婆さんと競ってしまったのです。

 だいぶ息を荒くしながら郵便局で小包を出した帰り道、動悸が止まらなくなりました。「いつものやつだ」と思って、自宅に着いて水を飲んだのですが、飲んだら余計に動悸が強くなってきて「これは危ないやつかな」と感じ始めました。さらにどんどん苦しくなってきたため、病院にいる妻に電話をして「心臓が変だ」と訴えました。すると、妻から「とりあえず玄関の外に出るように」と指示があり、苦しさの中で四つん這いになりながらなんとか外まで行った辺りでもうしゃべれなくなりました。

 その後、妻が手配してくれた救急車が来て病院に運ばれました。でも、乗せられてサイレンが鳴ったと思ったら、すぐ鳴りやんでしまった。よく考えたら、救急病院は家のすぐそば。だから助かったのだと思います。

 意識がない間にカテーテルで心臓の血管の詰まりを取り除く手術をしました。ただ、1分死んでいたので一部は壊死していて、僕は今、ちょっとだけ壊死した心臓で生きています。

 心肺停止からは電気ショックの3回目で意識が戻ったらしいです。普通は1~2回で戻るもので、3回目以降は望みがだんだん薄くなるそうです。意識がない間、あまりにきれいな星空の中にいたので、目覚めた時、急に病院の天井が見えて、景色の落差に地獄に落ちたかと思いました(笑い)。

■ハリウッド映画のクランクインは9カ月延期

 目覚めた瞬間から息苦しさは一切なく、2週間ほどで退院できました。

 ちょうど翌月からメキシコでハリウッド映画のクランクインでした。でも、緊急事態を知った主演のニコラス・ケイジ氏の心遣いで、撮影は日本、クランクインも9カ月延期になりました。メキシコでの西部劇だったものを日本のサムライ映画に変更しなければならず、それはそれで大変でした。でも、クランクインまでパカーッと時間が空いたので別の作品を撮りまして、それが年末に上映開始となりました。

 心筋梗塞になって、死は意外と目の前にあるなと身につまされました。ただ、死への恐怖は以前より薄らぎました。恐らく心肺停止のあの時、どうして病院に運ばれたかの記憶もなく、生と死の境目もなく、ただただきれいな景色と気持ちの良さだけを感じていたからでしょうね。

 今は月に1回検診をしに病院に行っています。

 あ、それで一つ面白いのは、そのカテーテルで手術をしてくれた主治医の息子さんの名前がシオン君で、僕が運ばれてきた時、名前が同じだったので、思わず「これは助けなければ!」と思ったそうです。こんな珍しい名前でそんな偶然があるんですね。

 なおかつ、そのとき使ったカテーテルが「シオンブルー」という名前の道具で、シオンづくしの奇跡というお話です(笑い)。

 薬は、血液をサラサラにする抗凝固薬や血圧を下げる降圧薬など毎朝6錠飲んでいます。たばこはやめようと思って禁煙していますし、お酒も控えめになりました。ガマンしているというより、以前ほど飲めなくなりました。

 退院したての頃は、ほんのちょっとしたことで動悸がしていたけれど、時間が経つと病気したことを忘れかけて、退院して半年ぐらいたった時にうっかりジェットコースターに乗っちゃったことがありました。動きだしてから「あ、乗っちゃいけないやつだ」と思ったんですけど、時すでに遅し。途中でちょっとおかしくなりかけました。

 でも、ずっと目をつぶってジェットコースターに乗っているのを頭の中からシャットダウンして事なきを得ました。仕事でも私生活でも心筋梗塞のおかげでいろんな経験をさせてもらったと思っています。

(聞き手=松永詠美子)

▽園子温(その・しおん) 1961年、愛知県生まれ。86年、ぴあフィルムフェスティバルでの入選を機に映画監督として本格始動。その後、国際的な映画祭で次々に賞を獲得した。「冷たい熱帯魚」「ヒミズ」「新宿スワン」などヒット作も数多く、病気後もニコラス・ケイジ主演「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」、現在公開中の「エッシャー通りの赤いポスト」とハイペースで作品を製作している。

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