上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

サッカー選手に相次ぐ心臓トラブルの一因は「冠動脈起始異常」の可能性

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 昨年11月、Jリーグの湘南ベルマーレに所属していたブラジル人MFのオリベイラ選手が、23歳の若さで「うっ血性心不全」により急逝したことが公表され、ファンを驚かせました。うっ血性心不全は、心臓のポンプ機能が急激に弱くなり、全身に血液を送り出せなくなって肺などの臓器に血液がたまってしまう病態で、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、大動脈解離、心臓弁膜症、心筋症、不整脈といったさまざまな心臓疾患が原因で引き起こされます。

 また海外では、アルゼンチン代表のFWとして活躍した33歳のアグエロ選手が不整脈と診断され、同12月に引退を表明しました。プレーを続けると命に関わるリスクがあると告げられたそうです。同じ年の6月には、デンマーク代表のMFで、29歳のエリクセン選手が試合中に心停止して倒れるアクシデントがありました。その場で蘇生処置が行われて一命を取り留め、その後に植え込み型除細動器(ICD)を装着する手術を受け、今年2月に選手として復帰することになりました。

 サッカー選手が心臓疾患で倒れるケースは世界中で相次いでいて、ドイツの新聞では「フットボールにおける心臓疾患の謎」という記事まで掲載されたそうです。それによると、昨年7月11日から10月15日までに欧州全土で起こった試合中の心臓トラブルにより、プロとアマの選手や審判など23人が倒れ、4人が亡くなったとしています。

 サッカー選手に限らずアスリートが若くして心臓突然死するケース、とりわけほとんど症状はなかったのに1回目の発作で突然死に至るような場合、心室細動という致死的な不整脈が原因であれば「ブルガダ症候群」が多く、遺伝的な体質による心疾患では「マルファン症候群」の急性大動脈解離を疑い、それ以外では「冠動脈起始異常」が関与しているケースが多いと考えられます。

 起始異常とは心臓に栄養や酸素を送っている冠動脈が本来の場所とは違うところから出ている先天性奇形で、運動や興奮による血圧上昇に伴い冠動脈が圧迫されやすくなることで、血流が急に途絶して再灌流障害を起こし、心室細動を招きます。

 起始異常があっても、冠動脈が出ているところが本来とはミリ単位でほんの少しずれているだけだったり、血流に問題が起こらないような合流の仕方をしていれば、大きな問題はないといえます。突然死のリスクがある起始異常は、冠動脈が出ているところが1~1.5センチ程度ずれていて、その幅の中でいちばん極端な箇所から出ているような場合です。

 そうしたハイリスクな起始異常があっても、普段は自覚症状がない人がほとんどです。しかし、加齢や身体バランスの変化などが生じ、運動量や心臓の負荷量が増えたり冠動脈自体の硬化が起きたりすると、血圧の上昇により急に心筋への血流が途絶するため、パンクしてしまうケースがあります。

■血圧の急上昇が致死的な不整脈につながる

 先日、右冠動脈の起始異常がある48歳の男性を手術した際、術中に血圧を上げ、冠動脈の血流を測定すると、やはり血流が急激に減る状態が確認できました。つまり、普段の安静時は症状はなく、血圧が上がったときに何らかの症状が出るということです。

 起始異常がある人は、日常生活で頭に血が上ってエキサイトしたり、いきなり体を動かすなどして血圧が急上昇すると、血流がなくなって心室細動を起こす危険があるといえます。これが、アスリートとなるとさらにリスクはアップすると考えられます。

 とりわけサッカーは、試合中、常に走り続けているわけではありません。急にダッシュしたり、止まったり、方向転換したりといったように、オン・オフが激しいスポーツです。いったん休んで呼吸を整え、ボールや相手選手の動きに合わせて一気に加速して走るといった動きを繰り返す場面もたくさんあります。当然、血圧は急激に上下動しますから、起始異常があると再灌流障害から心室細動を起こして倒れ、AED(自動体外式除細動器)による処置が間に合わなければ死に至る--そうしたアクシデントが起こり得るといえるでしょう。

 起始異常があるかどうかは、心臓エコーと心臓CTを組み合わせた検査でわかります。近年の検査機器は心臓や血管の状態を詳細にチェックできるようになったので、不安がある人は一度検査を受けておくといいでしょう。

 起始異常があっても15歳未満では一般的には手術はせず、経過観察となります。15歳を越えている人は、何らかのトラブルが出た場合に、いくつか確立されている治療法の中から最適な治療を選択します。中でも、将来的に最もトラブルが起こりにくい方法は冠動脈を正しい位置に付け替える手術です。ただ、難度が高い手術なので実施している医療機関は限られるのが現状です。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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