独白 愉快な“病人”たち

LOUDNESSドラマー鈴木政行さん 脳梗塞から奇跡の復帰を語る

鈴木政行さん
鈴木政行さん(本人提供)
鈴木政行さん(LOUDNESSドラマー/49歳)=脳梗塞

 右半身が麻痺して、ろれつも回らなくなって、なんとかしようとあれこれ考えたけど、どうにもならなかったので「まぁいいや」と水を飲んで一晩寝ました。なので、後遺症がたくさん残っているんです……ただ、普通なら死んでいたかもしれません。

 2018年2月、ライブツアーの直前でした。札幌の自宅スタジオでドラムの個人練習をしていて、ふとトイレに行ったら急に体に力が入らなくなって倒れてしまったのです。立とうと思っても体が全然動かない。そのうち呼吸も苦しくなり、気が付けば見えるものも左右で違いました。たまに心臓が止まるような感覚の中、じっとしていたら少しだけ左手が動くようになったので、左腕だけで匍匐前進して自分の部屋に行きました。

 部屋からインターホンで同居の母に助けを求めました。しかし、言葉が「おあ~」とか「え~う~」のようになってしまうので、母から「え? 何を言っているのかわからない。いいからちゃんとしゃべりなさい」と何度も諭され、らちが明きません。困って友人にメールしようとしても、言葉や数字がまったく浮かばないのです。

 いっそ匍匐前進で大通りまで出て、大声で叫んだら誰か救急車を呼んでくれるんじゃないかと思いましたが、2月の札幌は一面の雪景色で路面は凍っていて、左腕で匍匐前進では死ぬと思い、諦めて水を飲んで寝たというわけです。

 朝、目覚めたら少ししゃべれるようになっていたので、母親に友人へ電話してもらい「いいから家に来て」とお願いして、クルマで病院へ連れて行ってもらい、即カテーテルで脳血管の詰まりを取ってもらって今があります。詰まっていた時間が長かったので、最初は自分の名前もわからないし、鏡を見ても「誰?」という状態でした。夜中に涙が止まらなくて、涙で目が腫れて恥ずかしかったことを覚えています。

 右半身は、頭のてっぺんから足の先まで重度のヤケドのような痛みがあり、内臓まで麻痺しているので息がしにくい。のみ込む筋肉も半分ない状態なので、1週間は流動食も無理でした。退院まで約3カ月かけて少しずつ口から食べられるようになったのです。今でも、高次脳機能障害、右半身麻痺、感覚障害、失語症、記憶障害、言語障害といった後遺症があります。

 でも、先生はとても不思議がっていました。僕の血液がサラサラだったからです。じつは僕、1歳から12歳まで肺が悪くて入退院を繰り返していたため、体には気を使っていました。激しいドラムを叩くので筋トレもするし、お酒もツアー中やレコーディング中はほとんど飲みません。

 脳梗塞の原因がわかったのは退院する頃です。詰まっていたのは「胸腺のかけら」と言われました。胸腺は胸骨の裏にある免疫系の器官で、生まれたときはみんな持っているけれど大人になるにつれてなくなるものだそうです。でも、僕の胸腺は残っていたのです。

 その5年前に髄膜炎になったとき、胸にがんがあると思ったら胸腺だとわかって安堵していたら髄膜炎が治るのと一緒に胸腺がすべて消えたという経緯がありました。だから、脳梗塞に胸腺が関係していたのは意外でした。髄膜炎では胸腺が僕を救ってくれたけれど、そのかけらが巡り巡って脳の血管を詰まらせたということのようです。

■自分に腹が立って何度も涙が出た

 記憶がはっきりし始めたのは18年11月です。時計が読めたことをはっきり覚えていて、その辺りから自分を少しずつ取り戻し始めました。ただ、退院してもしばらくは本が読めませんでした。長い文章は黒い塊に見えて、映画の字幕も文字が図形のようでわからない。友人と食事に行っても、何を話しているのか言葉が頭に入ってこないのです。今はだいぶ良くなって、原稿チェックもできるくらいになりました(笑い)。

 つらかった時期、一番覚えているのはメンバーに「ずっと待ってるで」と言われたことです。スタッフやファンの人にもたくさん元気をもらいました。

 ただ、復帰に向けてドラムの前に座っても、右半身麻痺と感覚障害で体幹も壊れていて右手も右足も思うようにならず、まっすぐ座ってもいられなかった……腹が立って何度も涙が出ました。

 でも、今は普通に叩けるようになったんです。高速ドラムはまだですが、少しずつライブ演奏もできるようになって、それがいいリハビリになった。ヘビーメタルのツーバスドラマーで本当によかったです(笑い)。

 薬はケタスカプセル(脳血流をよくする薬)とメチコバール(傷ついた末梢神経を修復する薬)を1日3回飲んでいます。最初は右腕が胸の前でギューッと固まっていたので、指が動いてドラムスティックが持てるようになったことは奇跡です。先生に「ここまで回復した例はない」と言われました。

 5月からの全国ツアーはサポートドラムなしでフルステージをやる(!)と決めています。大切な人を信じて、自分の考えを信じて、「LOUDNESSで世界一になる!」を信じて活動していきます。 (聞き手=松永詠美子)

▽鈴木政行(すずき・まさゆき) 1972年、北海道生まれ。10歳でヘビーメタルに目覚め、12歳でドラムを始める。16歳で地元のバンドに加入し、その後、ヘビーメタルバンド「SABERTIGER」を経て、2009年から「LOUDNESS」に加入。今年、バンドの40周年を記念したアルバム「SUNBURST~我武者羅」を冠した全国ツアーが5月にスタート予定。チケットの一般発売は3月5日から。

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