上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

外科医がカテーテルや内視鏡を使う手術はどんどん進化している

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回お話しした国立成育医療研究センターで実施された国内初となる胎児の大動脈弁狭窄症に対する心臓手術は、妊娠25週の母親の腹部からカテーテルを通して赤ちゃんの心臓まで到達させ、大動脈弁が狭くなっているところでバルーンを広げるというものでした。母親のお腹は切開せずカテーテルを使った処置でしたが、これもれっきとした「外科手術」になります。

 一般的に、カテーテルを使って心臓の内部を切開しないで行う心臓治療は循環器内科で行われます。たとえば、大動脈弁狭窄症に対する「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療もそのひとつです。太ももの付け根などから生体弁を装着したカテーテルを挿入して心臓まで運び、大動脈弁の位置に到達したところでバルーンを膨らませ、生体弁を広げて留置する治療法です。

 胸を大きく切開しなくて済むうえ、悪くなった弁を交換する外科手術(弁置換術)のように人工心肺装置を使って心臓を止める必要もありません。それだけ体への負担が少ないため、リスクが高くて外科手術ができなかった高齢者などの治療も可能になりました。2013年10月に保険適用されてから急速に広まりました。

 ほかにも、近年になって「マイトラクリップ」と呼ばれる僧帽弁閉鎖不全症に対する内科治療も登場しています。先端にクリップの付いたカテーテルを下肢の静脈から挿入し、左心房と左心室まで移動させてから、うまく閉じなくなっている2枚の弁の両端をクリップで留める処置を行います。これも患者さんの負担が少なく、これからどんどん浸透していくのは間違いないでしょう。

■患者にとっても大きなプラス

 こうしたカテーテルを使った血管内治療がさらに広まっていくと、いわゆる人工心肺を使用した心臓外科手術を受ける患者さんが一気に減ることが予想されます。実際、TAVIの登場でそうだった時期があります。

 TAVIやマイトラクリップといった血管内治療の最大のメリットは、人工心肺補助による心停止を回避して全身への負担を軽減できる「低侵襲」なところです。そのため、外科手術でもできる限り患者さんの負担を少なくする低侵襲な方法が発展してきています。冒頭で触れた胎児手術のように、外科医がカテーテルや内視鏡を使いながら手術を行うのです。

 たとえば「MICS(ミックス)」と呼ばれる小切開手術は、従来の開胸手術のように胸骨を大きく切らず、右胸の下を小さく切開した範囲の中で内視鏡を使って処置を行います。さらに最近は、弁と心室の壁をつないで僧帽弁を支えている腱索が断裂している患者さんに対し、内視鏡を穿刺して心臓の中に人工腱索を運んで処置を行う方法も登場しています。

 また、外科治療=手術と、内科治療=カテーテル治療を同時に行うハイブリッド手術も進化しています。心臓血管外科と循環器内科がタッグを組み、冠動脈バイパス手術とTAVIや、大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術と外科手術をいっぺんに実施するケースが増えているのです。

 ほかの診療科でも同じようなケースが出てきています。たとえば胃がんでは、近年は腹腔鏡を使ってがんを切除する消化器内科の内視鏡手術が主流です。その際、これまでは挿入した腹腔鏡で胃壁を破らないようにしながら切除していました。しかし、それではがんを取り残してしまうリスクがあります。

 そこで、あえて胃の内側から腹腔鏡でがんのある箇所の胃壁を穿孔させる=穴を開けるくらい切り取り=、その後、外科医が穿孔した部分を内視鏡で確認し、胃の外側から縫い合わせて修復するという方法が行われています。トラブルと成功が紙一重だとすれば、腹腔鏡で内側からトラブルのレベルまで処置しておいて、それを外側から外科的処置で抑え込むという発想です。少しでも根治性を高めるために、内科と外科が協力して手術に当たるのです。

 こうした計画的な外科と内科の共同作業が今後ますます進化していけば、患者さんにとって大きなプラスといえます。これまでは負担の大きかった治療が小さな負担で受けられるようになるうえ、病気についてもより不安がない状態で治せるようになるのです。

 また、外科医にとっても新たなキャリア形成につながります。これまでは、カテーテルや内視鏡による内科治療が何らかのトラブルを起こしたときに外科的な対処を行ういわば“後始末”を任されているような不均衡もありました。しかし、いまは内科医と外科医で釣り合いが取れて、両者が補完し合うことで患者さんのために活躍できる時代に入ってきたといえるでしょう。チーム医療の真価はこういう形で発揮され、医療者側にも患者管理の負担軽減をもたらしています。

■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事