独白 愉快な“病人”たち

副作用で妄想も…元宝塚トップスター安奈淳さん「全身性エリテマトーデス」との苦闘

安奈淳さん(本人提供)
安奈淳さん(歌手/74歳)=全身性エリテマトーデス

「今夜がヤマです」

 病院に駆け付けてくれた友人たちは医師からそう告げられて、お葬式をどうするか話し合ったそうですよ(笑)。2000年、当時53歳だった私はそんな状態でした。

 31歳で宝塚を退団した後、忙しさも手伝って30代後半から肝臓の数値が悪くなっていました。それでも積極的に治療はせず、40代になっても「調子が悪いな」と思いながら仕事を優先。すると、50代に差し掛かってから肝炎を発症したり、腎機能の低下でむくみの症状が出始めました。それでも、舞台に出続けていたのです。

 いよいよむくみのピークが来て病院に行ったら、「SLE(全身性エリテマトーデス)」と診断されました。全身の臓器に炎症などを起こす自己免疫疾患です。その頃、日課の散歩から帰ってくると赤い発疹が全身に出て「何だろう?」と思っていたんですけど、それは日光過敏症というSLEの特徴的な症状のひとつだったのです。

 病気の診断を受けた後も、ステージを休むという選択肢は私の中にはありませんでした。宝塚で染み付いた習性というのか、休むことができないのです。むくんだ両足が電信柱のようで靴も履けないのに……バカですよね。

 ステージを降板したのは、呼吸が満足にできず歌が歌えなくなったからです。後からわかったことですけれど、肺に水がたまっていました。そこで病院に行けばよかったのに、結局は行かずに漢方と整体で治そうと考えたのです。もはやそんな段階ではなかったんですけどね。

■医師は「到着が遅かったら窒息死していた」と

 異変は、療養をさせていただいていた整体の先生の熱海のご自宅で起こりました。呼吸困難です。プールで溺れているような状態になって、さすがの私も「死んでしまう」と思いました。

 このとき私が強運だったのは、数年前に東京にある聖路加国際病院の日野原重明院長(当時・故人)に名刺をいただいたのを思い出したことです。聖路加のホスピスのためのコンサートに、何度かゲスト出演したご縁でした。

 お昼ごろ、青息吐息で電話をすると、「すぐ来なさい」と言ってくださったのでタクシーで飛んでいきました。でも、熱海から東京までの道が渋滞していて病院に着いたのは夕方4時近く。意識はほぼありませんでした。「あと1時間到着が遅かったら窒息死していた」と言われたくらい、肺も心臓も“水浸し”でした。

 それでも、急激に抜くと心臓まひを起こすとのことで、数日かけてゆっくり水を抜く治療が行われました。ベッドの横の大きなビーカーにポタポタと黄色い水がたまっていくのが不思議で、「これは何ですか?」と尋ねたら「尿です」と言われ、「そうですか」と返事をした後に気を失いました。思えば、倒れる前の数日は喉が渇いて水を飲むのに尿が一滴も出ていませんでした。

安奈淳さん(本人提供)
友人は毎日自宅から包丁を持ち帰っていた

 10日後、60キロだった体重が34キロに落ちました。正直、何も覚えていません。でも友人たちの話では、意識を失う前に「父と妹には知らせるな」と言い残したそうで、「今夜がヤマ」と医師に告げられて、「じゃ、私たちでお葬式やらなきゃ。どこでやる?」と話が進んでいたようです。聖路加には教会があるので「そこにしよう」となったけれど、キリスト教の洗礼を受けていなかったので断られ、「どうしようか……」と言っている間に私の意識が戻ったって。それでも、「もう長いことはないだろう」と、みんな諦めていたようです。なぜか生きてしまいましたが……(笑)。

 治療はステロイドの大量投与でした。20年前の当時はまだ治療も今ほど確立されていなくて、先生方も試行錯誤されたようです。1~2カ月入院して1人暮らしの自宅に帰った後は、友人たちが食事を作りに来てくれて、それが命をつなぎました。

 薬の副作用で思考回路がぐちゃぐちゃになり、「1+1」もわからないし、夢と現実の境目もない不安定な状態が続きました。そのうち「死ななくちゃいけない」と妄想するようになって、6階の自宅から飛び降りようとしたこともあります。足腰が弱っていてベランダの手すりを登れなくて、かつ踏み台を用意するという頭が働かなかったので未遂で済みましたが、友人たちは毎回私の家から包丁を持ち帰っていました。そのくらい危なかったです。

 正気を取り戻すことができたのは、主治医の指導の下、薬を徐々に減らしていってから。でも50~60代は入退院の繰り返しで、仕事も全然楽しめていませんでした。

「自分、元気だな」と思えたのは70歳手前です。そして、75歳になろうとしている現在の体調は万全。今でも朝10錠と夜3錠の薬を飲んでいますけれど……。

 病気して以降、定期的に検診に行くので異常の原因をすぐに突き止められるようになりました。3~4年前には初期の「腎臓がん」が見つかって、切除しました。少しでも調子が悪かったら病院で検査を受ける習慣をつけることが大事だと思います。不調は自分にしかわからない。体の声を聴けるのは自分だけですからね。

(聞き手=松永詠美子)

▽安奈淳(あんな・じゅん)1947年、大阪府生まれ。65年に宝塚歌劇団に入団し、70年に星組男役トップスターに就任。75年の花組公演「ベルサイユのばら」でのオスカル役が大当たりし、ベルばらブームを築いた。78年に退団した後はテレビや舞台で活躍。現在はシャンソンを中心に歌手活動をしている。4月9日「兵庫県川西市みつなかホール」でのリサイタル、7月10日「宝塚ホテル」でのランチショーのチケット発売中。

■本コラム待望の書籍化!愉快な病人たち(講談社 税込み1540円)好評発売中!

関連記事