新型コロナウイルスは「ウィズ・ヒューマン」へ向かっている 医療情報学教授が解説

このまま共存できるのか
このまま共存できるのか(C)日刊ゲンダイ

 20世紀には、ヒトに感染するコロナウイルスは4種類、約200株だった。普通の風邪(上気道炎)の原因ウイルスのひとつで、風邪全体の3~4割を占めていた。

 多くのヒトがどれかの株に毎年2~3回は感染するといわれていたが、抗体ができにくいこともあって、ワクチンは開発されなかった。大半は無症状で、発病しても数日で全快するため、治療薬の開発も行われてこなかった。つまりコロナウイルスは、人類にとって脅威でなかったので、かえってヒトとうまく共存できたのである。それが崩れたのが、2003年の「SARS(重症急性呼吸器症候群)」であり、2012年の「MERS(中東呼吸器症候群)」だった。

 いずれも野生動物のコロナウイルスから、突然変異したと考えられている。

 しかしどちらも、ヒトのウイルスとしては成功しなかった。ともに致死率が高かったため(SARSで10~20%、MERSで40~50%)、感染者が完全隔離され、結果的に患者数が1万人にも満たずに終息したのであった。

 こうしたコロナウイルスの事例から、医学が進歩した現代にあって、ウイルスがヒトと共存していくためには、いくつかの条件を満たす必要があることが分かる。まず、①「低い重症化率・致死率」②「強い感染力」の2つを満たさなければならない。とくに①が重要である。重症化率や致死率が高いと、社会はあらゆる手段を講じて感染拡大を防ごうとする。今回の新型コロナでは、社会の仕組みすら変えてしまうほどの措置が取られた。

 ①の条件が十分に満たされない場合は、③「ワクチンや治療薬が必要」になる。それによって重症化率や致死率が下がれば、ウイルスの危険度が相対的に低下し、①を満たしやすくなる。

 ただしワクチンが効き過ぎると、ウイルスにとってはすみにくい。そこで②の「強い感染力」が必要になる。感染するヒトが増えれば、ウイルスが生き残るチャンスも増える。さらにワクチンをほどよく回避するために、④「ときどき適度な突然変異を起こす」ことができれば、ほとんど安定的にヒトと共存し続けられる。最近の新型コロナウイルスと医学の動向を見ると、まさにこの4つの条件を満たす方向に進んでいることが分かる。

 オミクロン株になって、感染力は飛躍的に強まった。しかし同時に、重症化率や致死率は大幅に低下した。いまでは現場の医師たちでさえ、危険性はせいぜいインフルエンザ並みと言い始めている。新型コロナウイルスは、ヒトと共存できるようになりつつある。

 しかもワクチンが開発され、それなりの効果を発揮している。ワクチンが出始めた当初は、感染予防に大きな効果があった。しかし変異株によって、ワクチンによる感染予防効果をある程度回避できるようになった。

 現行のワクチンは、オミクロン株、とくにBA.2やXE株の感染予防には大した効果はなさそうだが、発表されている数字を見る限り、重症患者や死者を減らすのに役立っている。今後は新株に対するワクチン開発が進み、インフルエンザと同じように、ワクチンと新株のいたちごっこが始まるだろう。

■最後に残るのは「人間の制度」の壁か

 治療薬が出始めてきたのも大きい。今年の4月1日時点で、国内で承認されている治療薬は8種類、開発中が4種類である。飲み薬タイプのものも開発されており、あと数カ月もすれば、安定的に供給されるはずである。

 以上のように、ウイルス側はウィズ・ヒューマンに歩み寄っており、医学・医療は急ピッチでウィズコロナの体制を整えつつある。その意味で、新型コロナのパンデミックは終息に向かいつつあると言っていい。

 あと残っているのは、人間側がつくった「制度の壁」だけである。

 日本においては、新型コロナはいまでも感染症の2類相当に指定されている。そのため感染者の隔離・入院や濃厚接触者の行動制限、感染者数・死亡数の全数報告などを続けなければならず、正常な社会活動・経済活動の再開にとって、大きな足かせとなっている。

 これからゴールデンウイークを迎える時期に、感染者が再び増え始めている。2類から5類(季節性インフルエンザ相当)への変更を行うか、まん延防止措置を再発動するかの瀬戸際を迎えている。

 政府や専門家たちの冷静な判断を期待するしかない。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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