がんと向き合い生きていく

「見て」「触れて」「聴く」診断はオンライン診療では難しい

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Aさん(63歳・女性)は乳がんの骨転移があり、2年前からB病院で薬物治療を続けていましたが、何かほかに治療方法がないかとC診療所のM医師のもとに夫と一緒に相談にいらっしゃいました。この時は、M医師から「これまでの治療を続けるのが良いと思う」との説明を受け、納得して帰られました。

 しかし今回、AさんはM医師に再度相談したいと電話で連絡したそうです。M医師は新型コロナ感染者が増えている状況も考慮して、診療所にCTとMRI検査の画像を送ってもらい、来院しないでウェブで相談にのることにしました。

 M医師は、パソコンの画面の中のAさんを見ながら、「送っていただいたCTとMRIの画像は以前と変わらないようです。やはり、治療をこのまま続けるのが良いように思います」と答えました。

 Aさんには笑顔が見られましたが、M医師は2年前に対面で会った時のような雰囲気がつかめなかったようで、診察の後、診療所のスタッフに「対面の方が確実だね」と漏らしたそうです。

■安心できる雰囲気を重視する患者は少なくない

 科学技術は進み、オンライン診療が認められ、患者は病院に行かなくても薬の処方も受けられます。患者にとっては、コロナ禍の感染予防をはじめ、外出して病院に行かなくても受診できるという大きなメリットがあります。

 国はコロナ収束後も、初診も含めてオンライン診療を認めていく方向のようです。ただ、向精神薬など対面診療でなければ処方できない薬は決められていて、さらにオンライン診療の適切な実施に関する指針などが検討されています。オンライン診療が適切かどうか医学情報が十分でない場合、医師が「診療前相談」を行って症状と医学的情報を確認し、オンラインで可能と判断できるかどうかなど、慎重に検討されているのでしょう。

 私がひとつ気になっているのは、初診についてです。初診の診察の基本は「理学的所見」です。理学的所見とは、目で見て、触れて、そして聴診器で心臓や肺の音を聴いて、診断することです。

「目で見る」とは、頭の先から足までの視診です。目の動きや舌を出させてみるなどの脳神経系チェックのほか、たくさんの技法があります。「触れて」は、頚部、腋窩部、鼠径部などの腫瘤の有無、腹部、下肢のむくみなどの触診です。つまり、こうした理学的所見からの診断法は、現段階のオンライン診療では難しいと思われるところが多くあるのです。

 先ほども触れたように、初診からのオンライン診療については診療前相談などいろいろ議論されているようですが、初めて会う患者、あるいは長く診察していない患者の病状を、十分な理学的所見を得られないオンライン診療の中で、医師がしっかり把握できるのか。かかりつけ医を持たない方が多い日本において、ここが気になるところです。

 また、患者をほかの医療機関に紹介した場合、診察を受けて戻ってきた患者がよく口にされるのが、「感じのよい医師だったから安心できた」「説明は詳しくは分からないが、信頼できる感じの医師だった」といった感想です。このように、病院側や医師側から受ける雰囲気が安心できるかどうかが重要なポイントになる患者も少なくないのです。その点では、オンライン診療は不向きかもしれません。

「ウェブ会議」といえば、先日の朝日新聞の夕刊でこんな報道を目にしました。長年、通信技術を研究してこられた元大阪大学総長の宮原秀夫氏が、「定型的で、連絡事項を伝えるだけの会議ならウェブは役割を果たせます……議論を尽くして本当に重要なことを決定する会議にはウェブは不向き……」と述べておられました。

 オンライン診療は便利なところがたくさんありますが、可能な場合と不可能な場合があり、その判断の部分を慎重に議論して欲しいと思っています。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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