Dr.中川 がんサバイバーの知恵

オランダ代表監督が告白 前立腺がんは放射線&ホルモン療法で仕事と治療の両立を

ファン・ハール監督は夜中にキャンプを抜け出して
ファン・ハール監督は夜中にキャンプを抜け出して(C)ロイター

 サッカーW杯カタール大会が開かれる年に、驚きのニュースが報じられました。毎回、優勝候補に挙げられるオランダを率いるファン・ハール監督が、テレビ番組で前立腺がんであることを告白したのです。

 AFP通信などによると、病気が分かったのは2020年。興味深いのは、がんの治療と監督業の両立です。代表選手にはがんであることを伝えると、選手たちの選択や判断を迷わせるかもしれないと考え、選手には伝えず、昨年から治療に励んだといいます。

 代表キャンプ中は、選手たちに知られないように夜中にキャンプを抜け出し、病院には裏口から入ったとか。そうやって放射線治療を合計25回行い、治療が成功したのは何よりです。

 代表監督という立場から外部への情報管理のためVIP待遇での治療がうかがえますが、一般のサラリーマンでも十分両立できます。そのことを紹介しましょう。

 前立腺がんは、細胞の悪性度から低リスク・中リスク・高リスクに分類されます。ファン・ハール監督は、「細胞が攻撃的な形」とされ、高リスクでしょうか。中リスクと高リスクは、放射線治療にホルモン療法を加えることで、治療成績が向上するのです。監督も、ホルモン療法をプラスしていると思います。

 ホルモン療法は、放射線治療の前に半年ほど行うのが一般的。薬は、1日1回1錠の飲み薬と、1カ月もしくは3カ月に1回の注射薬です。数カ月に1回、注射で通院したときに、錠剤をまとめて処方してもらえば、服薬の負担は少ないでしょう。生活習慣病で通院するのとあまり変わりません。

 では、放射線はどうかというと、従来の放射線は、月曜から金曜まで週5日で合計38回の照射が必要でした。それがよりピンポイントに照射できる定位放射線の登場で、監督が受けた25回照射が行われるようになり、より高精度なタイプなら、5回程度で済むようになっています。

 海外の研究では、中・高リスクについて、38回照射と5回照射の再発率を比較したところ、差がないとする報告もあるのです。最新の放射線なら、高リスクでも1週間程度の照射で済みます。

 東大病院の場合、照射時間は100秒。着替えや準備の時間を含めても十数分で、到着から会計まで30分ほどですから、通院負担もそれほどつらくはありません。何しろ手術には、感染や出血、さらには尿漏れ、EDなど見逃せない合併症がありますが、そのようなこともないのは大きなメリットでしょう。

 肝心の治療成績は、転移前の局所浸潤のケースでも5年生存率が大体9割を超えます。もちろん再発リスクはありますが、それは手術でも同じです。ファン・ハール監督のように仕事と治療の両立を考えると、この治療の組み合わせは有力な選択肢になると思います。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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