コロナを超過死亡数で知ることはできるのか? 医療情報学教授が特別寄稿

今はPCR検査が受けられる場所も増えたが
今はPCR検査が受けられる場所も増えたが(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナでどれだけの人数が亡くなったのか、最終的には「超過死亡数」で推計するしかないという人がいるが、はたしてそうだろうか。

 超過死亡数とは、1年を通して実際にカウントされた死亡数から、年初に想定されていた死亡数(例年の死亡数をもとに推計)を差し引いたものである。つまり1年間を通して発生した「想定外の」死亡数のことだ。

 超過死亡が生じる理由はいろいろ考えられるが、コロナ前は主にインフルエンザによるとされていた。しかし2020年以降は、インフルエンザが世界的にほとんどゼロだったため、大半が新型コロナによるものと考えられている。超過死亡には、コロナ死と診断された人数(各国政府の発表人数)だけでなく、本当はコロナにかかっていたのに、そうとは分からず亡くなってしまった人や、医療崩壊などで十分な治療を受けられなかった人など、いわゆる「コロナ関連死」も含まれる。

 政府が発表するコロナ死者数は、必ずしも実態を反映しているとは限らない。コロナ死の定義が国によって異なっているうえに、コロナ禍が始まった当初、ヨーロッパやアメリカでは、医療現場が大混乱していた。また発展途上国の中には、いまでも検査体制が不十分な国が少なくない。

 とくに日本では、十分な数のPCR検査ができるようになるまで相当長い時間がかかった。当時、「日本はCTの保有数が世界一で、PCRをやらなくてもCT画像からコロナ肺炎を診断できる」と言う医師が少なからずいて、PCRの検査数を増やすのにはむしろ後ろ向きだった。そのため肺炎までいかない軽症患者の多くが見逃されていた可能性が高いし、肺炎にならずにコロナ死した人も実は大勢いたかもしれない。そうした理由から、超過死亡の推計値が注目されているのである。

■欧米一流医学誌は政府発表の6倍と推計

 そんな折、今年の3月10日、世界的な医学専門誌である「ランセット」に、20~21年の2年間の、世界全体での超過死亡数の推計値が発表された。アメリカのワシントン大学(シアトル)などのチームが行った研究だ。2年間に各国政府から公表された死者数は、全世界で549万人だったが、この研究で算出された超過死亡は1820万人(1710万~1960万人)に達していたというのである。

 論文の中には、日本の超過死亡の推計値も載っている。その数字は11万1000人(10万3000~11万6000人)だった。21年末時点での日本の死者数(政府発表)は、1万8400人だったが、実はその6倍の人数が、コロナとその関連で亡くなっていたというのだ。

 ただしこの研究で用いられた計算アルゴリズムには、専門家からの批判が多い。世界を十数ブロックに分割し、限られたパラメーターを使って、それぞれのブロックごとに超過死亡を計算し、その数字を各国に割り振るというやり方である。日本は韓国やシンガポールなどと同じブロックに入っているが、日本の超過死亡数がそれらの国々の死亡データに影響されるようになっているので、さすがにこの数字をうのみにするわけにはいかない。

 それに超過死亡数の計算は、意外と難しい。各年の「想定される死亡数」には、必ず大きな幅が出てしまう。ところがランセットの論文では、日本の超過死亡数が「±5000~8000人」の幅で推計されている。普通はそんなにピタリと出ない。

■WHOの数字に国別データなし

 国立感染症研究所の計算によれば、20年1月~21年12月の国内の超過死亡数は1万2280~7万9360人で、かなり大きな幅がある。この2年間で、最大約8万人がコロナ(関連死を含む)で亡くなったことになるが、確率的にはそれよりずっと少ないはずだ。

 今月5日にはWHO(世界保健機関)による世界の超過死亡数の推計値が発表された。

 20~21年の2年間のコロナ死(関連死を含む)は1490万人としている。ただし国ごとの推計値は公表されていない。

 コロナ死者数や超過死亡数は、実はきわめて政治的・経済的・社会的数字である。各国政府にとっては、その数字が小さいほうが好ましい。しかし一部の専門家やマスコミの中には、大きな数字を好む傾向がみられる。また数字の大小によって、儲かる業界と逆の業界が出てくることは、例を挙げるまでもない。

 それらのことも頭に置いて、発表された数字を批判的な目で眺めることも大切だろう。

(永田宏・長浜バイオ大学メディカルバイオサイエンス学科教授)

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

関連記事