上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

人工心臓は莫大な費用がかかる 再生医療の進化に期待したい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 超小型ポンプを内蔵したカテーテル装置を心臓の左心室内に留置し、心臓のポンプ機能を補助して血流を維持する新しい補助人工心臓について、前回お話ししました。

 人工心臓はいまも進化を続けていて、さらなる小型化が実現すれば、心臓が全身に血液を循環させる際に不具合がある箇所にそれぞれいくつかの超小型モーターを設置し、体の動きに応じて血流を全身に適正配分することができるようになるかもしれません。化学的な作用を担って働いている肝臓のような臓器に比べ、心臓はいわばポンプとして血液を送り出すだけでいいシンプルな役割の臓器です。ですから、そうしたコンパクトな装置が開発可能なのです。

 拡張型心筋症や重症心不全などの重い心臓疾患で、心臓移植が必要な患者さんは世界で10万人いるといわれています。それなのに移植のための臓器を提供するドナーは大幅に不足していることから、半永久的に使用できるような補助人工心臓の開発は解決策のひとつであるのは間違いありません。

 ただし、前回も少し触れたように性能が飛躍的に向上した補助人工心臓が開発されたとしても、治療費がとてつもなく莫大になることが予想されます。

 現在でも、補助人工心臓による治療は製品価格が1600万~1800万円、手術などの費用がプラスされてトータルで2000万円くらいかかります。維持費も1日5万円程度が必要です。新開発の補助人工心臓となれば、その3倍、4倍になってもおかしくありません。

 そうなると、巨額の治療費をどこが負担するのかという問題が生じます。国民皆保険制度の日本では、国が保険診療でかかる医療費の7~9割を負担していますが、すでに崩壊寸前です。かといって、保険適用外で自己負担となれば、治療費を支払える人はほとんどいないでしょう。

■人工物にはリスクが付いて回る

 また、装置や機器といったモノ作りには必ず企業が絡んできます。当然、企業は製品を売って利益をあげるために開発するわけですから、補助人工心臓についても利益相反が生じるのは間違いありません。ただ、補助人工心臓はそこまで大きな利益が出る領域ではないので、企業側は投資をちゅうちょする可能性も考えられます。日本の国策として「最新鋭の補助人工心臓を開発して世界中の心臓移植を待つ人たちを救う」といった志があるのなら話は変わってきますが、お家芸とされる微細な速度調節が可能なステッピングモーターの超小型化及び高度な安全性と低コスト化が実現できなければ前進しないでしょう。

 こういった問題を考慮すると、補助人工心臓のさらなる進化よりも、再生医療の発展に期待するほうが現実的に捉えられているのです。近年、骨格筋芽細胞やiPS細胞の心筋シートを使って心筋を再生させる方法や、iPS細胞から心筋球という心筋細胞の塊をつくって特殊な注射針で心臓に注入するといった再生医療が日進月歩で進化しています。すでにいくつも臨床試験も始まっています。軌道に乗れば、治療費もそこまで高額にはならないとみられています。

 未分化細胞であるiPS細胞は、心筋細胞に分化する過程でがん化する可能性があるなど、まだ課題が残っているのはたしかです。しかし、研究や開発に莫大な費用をつぎ込むのであれば、再生医療の方が“未来”が開けているといえます。

 かつて、進行している胃がんは手術をしてがんを取り除けば食事はできるようになるけれど、結局は再発して助からないケースが多くありました。しかし、早期発見して治療すれば、患者さんの負担が少ないうえに病気を治すことができるというエビデンスが確立され、いまは生存率が大きく延びています。

 心臓疾患も同じように考えることができます。たとえば、慢性心不全になりやすい人を遺伝子学的にスクリーニングして基礎疾患の病歴データなどと組み合わせ、AI検証して発症前に対策したり、早期発見して早めに再生医療を開始する。心臓の機能を落とさないようにするためには、どんな細胞をどのタイミングで使えばより早く心筋の再生を促せるのか──そうした研究と開発に注力するほうがより重要で、患者さんにとっても有益だと思うのです。

 補助人工心臓は人工物ですから、どうしてもリスクが付いて回ります。出血しやすかったり血栓ができやすい状態の人は、合併症を起こす可能性が高くなりますし、装置が故障すれば命に関わります。入れ歯の歴史を見ればわかるように、人工物はいつか壊れるので限界があるのです。

 末期的な状態になってしまった心臓を、カセットコンロのボンベのようにポンと人工物に入れ替える手段は望ましいとはいえません。ですから、自身の心臓を復活させる再生医療に大きな期待を寄せているのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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